8、酒池のみ(肉林なし)



 お酒は二十歳なってから、とは言うものの、世間は高校生を卒業した十八歳からアルコールの摂取を黙認している節がある。用は、お酒を飲んで責任を取れる立場かどうかなのだと思う。在学中の高校生が喫煙、飲酒をし、補導をされ逆切れをするかのように「別に人に迷惑をかけていないからいいじゃない」と唾を飛ばす。幼稚な理論だ。はっきりいって自分が言っている穴だらけの論をさも当たり前のように振りかざす。ハッキリ言おう。酒とタバコは身を滅ぼす。アル中の高校生なんて誰も目を当てられないだろう。ハッキリ言って迷惑以外の何者でもない。目の前で高校の制服に身を包みながらタバコをプカプカとふかす姿を見、気分爽快になるわけない。ハッキリ言って迷惑だ。

 まあ何が言いたかったかというと、自分で責任を果たせる身分になってから酒だの煙草だの愛だのプレゼントだのセックスだの、そういうことは自分の金と責任でやれってことだ。親の金で愛を語るな。自分で出来る、責任を取れる。これが一番大事、というか当然のことなのだ。

「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」

 意味もなく笑うキンちゃん。もはや学校で薔薇姫と呼ばれている面影はない。

 この場の責任は誰が取るのだろう。

 女の子が僕の部屋で一升瓶を片手に、漫画みたいな声で笑い、机をバンバンと叩いている。現実世界でこの笑い方を聴くと実際ひいてしまう。字面も悪い。

床に敷き詰めてあった新聞紙は全て撤去され、少し大きめのテーブルの上にはガスコンロと鍋一式が置いてある。中身はほぼ空っぽなのだが、用意してある肉数種類と、野菜は大量に余っている。四人で食べるというのに十人前くらいの量を買ってきている。馬鹿じゃないのか?

僕が風呂から上がった目の前に現われたのはキンちゃんだけではなかった。よく考えれば当然の事だろう。僕の家の場所、及び勝手に家に入るという行為をするためには誰か斡旋した人がいるわけだ。泥棒以外。

キンちゃんの携帯を取り上げるべく、腰にタオルを巻いた状態で脱衣所から飛び出した僕くの前にいたのはキンちゃんと友永さん、そして花中島だった。

花中島の両手には鍋用の大量の材料。

「いいから飯食うぞ」

 という花中島が胃袋の救世主に見え、僕の怒りは心とは裏腹に納まってしまった。もっと怒れ。僕の心。

 そして今の状況に至る。

 キンちゃんは僕が隠していた焼酎瓶をいつの間にか引っ張り出し、そして瓶を口につけ、クルクルと回しながらそれを胃に収めていく。こんな馬鹿な飲み方初めて見た。情緒も赴きも一切無い。顔は真っ赤で、呼吸も荒い。ちなみに、最初のビール一杯からこの調子だ。下戸らしい。彼女は僕に向かって喋る事を止めようとしない。

「あー、えっとな、私はね、こう思うわけですよ。最近のガキンチョはマセててどこでもかしこでもイチャイチャしちゃってさ。格好良ければいい、可愛ければいい、超タイプ、関係ないでしょ!人が異性と付き合うに当たり、最初に大事なのはそこに愛があるか!それだけじゃないかね!イブキ君!」

「そうっすね」

「そうだろ!共感してくれるか!さすがイブキ君」

「そうっすね」

 僕は生返事をすると、キンちゃんはうんうんと頷き、そしてまた自分の恋愛論を展開する。完全なよっぱらい。これで同じ話が六度目だ。もうそろそろあっち側に逝っちゃう頃だろう。

 友永さんはビールの入ったコップを両手で握りつつ、空中を見つめている。彼女も下戸らしく目の焦点が合っていない。そして手に持っているコップを落とす、落とす、落とす。最初にプラスチックのコップを用意しておいて本当に良かったと思った。

 横に置いてあるタオルでこぼれたビールを拭き、そして再度コップにビールを注ぎ、また落とすのループアンドループ。そしてこぼすたびに呟く。

「もーう、さっきから私の手を叩くの誰ですカー」

 怖ええ事人の部屋で言ってんじゃねえよ!卒業までこの部屋に住むんだぞ?

 そして三人目の花中島も僕が隠しておいた焼酎瓶を片手に、自分でコップにいれつつ、水を飲むかのようにお酒を飲んでいる。一升瓶を空けたところで一言。

「なんだこれ?本当にアルコール入ってるのか?」

 どうも舌と胃と肝臓が馬鹿になっているらしく、酔いを一切感じない体質らしい。酒ってのは神様でも酔うものなのに。まあこいつの場合はザルなのは知っていたので、そこまでびっくりはしない。

 

 時は夜中の四時。もう明け方と言っていたほうがいいのかもしれない。

部屋はすごい有様だった。ライターで火をつければ部屋が爆発するんじゃないかと思うほどの、むせ返るアルコールの臭い。床はお酒でビショビショ。テーブルの上は鍋をよそう際に飛び散った肉と野菜とだし汁と。そして部屋の隅にはビールの空き缶の山。

 誰だよこれ片付けんのは。

 花中島はベランダで煙草を呑みながら涼んでおり、こっちの惨状をどうにかしようとする意思は一切見えない。いっそ清々しい奴だ。

 女性人は手伝える状態にない。

 友永さんは空中を見て、誰かを怒っている。この人はもう僕の家は出入り禁止にしよう。

 そしてキンちゃんは、お酒を飲んでいない。けれども次々に一升瓶をかっくらいながら僕に話しかける。どういう状態かというと、口にお酒を含むのだけれども、飲み込む力がもうないのか、胸にだらだらとこぼしてしまっている。そしてそれに気づいておらず、自分はお酒を飲んでいるものだと思い込んでいる。もうこれはヤバイ。末期の末期。死人の一歩向こう側に行っている。

 主に部屋のアルコールの匂いは彼女のせいであった。

 僕の城が数時間で廃墟になった感じ。絶望に近い感覚が僕を襲う。

 カラカラという音をさせ、花中島がベランダから戻ってきた。

「そろそろ帰るわ」

 と一言。

「泊まっていけばいいのに」

 と一応僕は言うけど、こいつは毎回僕の家には泊まっていかない。それは分かっている。というか基本的に自分のベッド以外では眠れないらしく、友人の家にも泊まることはない。

 僕の言葉に花中島は軽く手を振る。

「花、帰るぞ」

 そういうと花中島は空中と交信している友永さんを手際よく背負った。

 宴もたけなわ。ようやく地獄が終わろうとしてる。

 ・・・・・・・・・・あれ?

「最近のガキンチョはマセててどこでもかしこでもイチャイチャしちゃってさぃや。格好良ければいい、可愛ければいい、超タイプ、関係ないでしょうよー!人が異性と付き合うに当たり、最初に大事なのはそこに愛があるか!それだけじゃないかね!イブキん!」

 まだ僕に喋りかけてくるキンちゃん。顔が物凄く近い。そしてアルコール臭い。美人もココまでくると大して居酒屋のおっちゃんと変わらない。

「キンちゃんも持って帰ってよ」

「さすがイブキ君!」

 キンちゃんは僕が返事をしなくても僕の返事は聞こえているらしい。テレパシーでもなんでもない。ただの幻聴だろう。

「もって帰る?いや、無理」

「なんで!」

「なんで?だってその人初対面だし、家知らない」

 ・・・・・・・・・・そうだった。僕もすっかり忘れてた。そもそも僕が食事に誘われた理由も、初対面の人と話が出来ないからという理由だった。

 それはまずい。付き合ってもいない女性を僕の家に泊めるわけにもいかない。

「花、おい、花。キンちゃんの家ってどこだ?」

 花中島は友永さんに語りかける。

「しーらなーい」

 目をつぶって、考えるのも嫌だ、とでも言うかのように言い放つ。

「知らないだとさ」

 そう花中島は言うと、床のゴミに埋もれていた友永さんのバッグを拾い、さっさと帰ろうとする。

「ちょ、ちょっと待てよ。冷たすぎやしないか?」

「冷たすぎるというか、俺はその人と今日知り合ったばかりでお前は前からの知り合いだろ?別に知り合いが家に泊まるくらい普通のことだと思うが」

「いや、知り合いだけど仲が物凄くいいってわけじゃないし」

 そもそも異性を家に泊めるのはちょっと、と僕がその続きを言い放とうとした瞬間、

「え!イブキくんんん!」

 幻聴しか聞こえないと思っていたキンちゃんが大声で割って入ってきた。なにげに僕らの話を聞いていたらしい。叫ぶ前に住所を教えて欲しいものだ。

「な、何でしょう?」

「私たちって仲良くないの?ただの顔見知り?会釈をするだけの仲?違うでしょ!私たちは違う!そんな薄っぺらな仲じゃないはず!」

「え、いや、まあその」

 咄嗟に言葉が出てこなかった。ってかキンちゃん普段の性格から変わりすぎ。普段のさばけた感じが一切なくなっている。

「あーあ。しーらね」

 そういうと、花中島はさっさと玄関へと移動する。

「ちょ、まて!花中島!」

「待たないよ。眠いし。大して仲良くないんなら今日仲良くなればいいんじゃない?」

 そう言い放つと、花中島は家から出て行ってしまった。

「イブキ君!」

 ああ・・・・・・・結局全て僕が処理をしないといけないのか。部屋の掃除も、酔っ払いの相手も。

「私たちってそれだけの関係だったの?裸だってみたじゃない!」

「僕が見られただけだけどね」

「私の裸描くっていったじゃない!」

「いや、それもまあ・・・・・・」

 ご近所さんにこの会話聞かれてたら大変だ。明日からダメ男の烙印を押されてしまう。

「決めた、私ここに住む。住みます、住ませてください!仲良くなろう!なればいい!飲むぞ!今日は飲み明かそう!イブキ君も飲め!飲み明かしたら仲もよくなるでしょうよ!」

 酔っ払いがごね始める。むちゃくちゃな理論。反論すればするほどそれは白熱し、そして喧嘩にいたる。全く反論の効かない無敵ゾーン。

「わかった、わかりましたから。飲みましょう飲みましょう」

 こうなったら決めた。先に酔いつぶす。彼女をベッドで寝かせて僕は床に雑魚寝だ。流石に僕の体力も限界に達している。異性がどうのこうのとかはもう無視だ。酔っ払いに性別は関係ない。

「よし、さすがイブキ君。二人の親交を深めましょう」

 明日みっちり説教してやる。そして二度と僕の部屋で飲み会などさせやしない。異性は部屋に呼びやしない。

 僕はそう心に硬く誓い、彼女の差し出した杯を受け取った。ちなみに僕も下戸だ。

 しかし僕が心に固く誓ったことは、脆くも崩れ去ってしまう。しかも次の日からだ。なんと僕の決意の弱いことか。

 彼女は僕の部屋に住み始めた。



back  薔薇姫top  next