7、残金野口一人




 息を切らしながら自宅へと帰り着く。自転車を必死に漕いでおよそ十分。バッグはそのまま部室においてきてしまった。

 白い外壁。外から見ると新築に見えるが、このアパートは結構古い。親戚のおじさんが経営しているアパートで、僕は間借りをしている。月一万円という格安の部屋代なのだが、玄関の鍵は壊れており鍵が意味を成さず南京錠を外からかけるしかない。夜寝るときなどは少々不安がつき物だがなれるとそんなことはどうでもよくなる。

 南京錠の鍵をあけ、自分の部屋へと入る。なれた油の匂い。フローリングには新聞紙が敷き詰めてあり、そして絵の具がいたるところに飛び散っている。壁には特にコーティングは施しておらず、いたるところに絵の具が付いている。引越しする際にどうせ壁紙は張り替えないといけないので、そこは気にしなくていいと叔父に言われたからだ。ここは僕の要塞。格好良く言えばアトリエという感じだ。ここ以外に僕の家があるというわけでもないけど。

 ひとまずベッドに腰掛けて一息つく。その後は喉が渇いたので冷蔵庫から牛乳を持ってきて飲む。日付を確認すると一週間ほど切れていた。まだ大丈夫だな。

 牛乳を喉越しで味わいながら空腹の腹をなでる。

 結局夕飯の奢り話はポシャってしまった。食べ放題を確約したのに、僕としたことが。

 少し前まで頭の中で踊っていた肉たちが僕を馬鹿にするかのように空腹を掻き立てる。一人暮らしとは空腹との戦いなり、と誰も言っていないけれど、僕は常々そう思う。というか金銭との格闘だ。バイトしろよって話なんだけどそれも嫌だ。

 牛乳で軽く満たされた胃を押さえつつ壁に立て掛けてある百号のカンバスに向かう。

 自分の自由時間は全てこれだ。これのみに費やす。他に楽しいこともたくさんあるのだろうが僕はこれ以外に楽しみを知らない。

 絵の具を練って、布に置く。その繰り返し。

 不毛っちゃ不毛。けど楽しい。

気がついたら一時間は軽く経過していた。

 お腹がなる。流石に牛乳のみの夕飯ではそうだろう。

 筆を置き、冷蔵庫の中を開けてみる。

 炭が一つ。消臭剤。

 確か炭って食べても害は無いよな?と一瞬頭の隅を北朝鮮並みの食欲が襲ったのだがそこは自重した。いかんいかん。草食ですらない。何より栄養が無い。

 財布の中を確認する。千円札一枚。成人した男の所持金じゃない。最近の小学生ですらもう少し持っている気がする。次の仕送りまで後一週間。ここはぐっと我慢して牛乳で我慢。

 と思ったけど僕の意識に反して僕のお腹は鳴る。そしてボーっとしてきている頭。単純に栄養が足りない。今日のご飯はうどん一杯。すごく消化にいい食べ物を一回とっただけだ。

何か材料買ってきて食べよう。

明日からのことは知らない。食ってから考えよう。いざとなったら木島の家に住み着いておこぼれを頂戴しようか。

財布をポケットに突っ込み、玄関へと移動し、取っ手に手をかける。

手の甲が絵の具でカラフルになっている。有る意味アート。別に自分はそれでいいのだけど、レジを通る時にレジの売り子が嫌な顔したら嫌だなと思い風呂に入ることにする。手だけ洗うのももったいない。一気に全身を洗ってしまう。

貧乏暮らしではあるが、この部屋は意外と豪華に出来ている。トイレもバスも各部屋にきちんと付いているのだ。

ボイラーの火を付け、湯が暖まるまで少し待つ。

すでに体には布一枚つけていない。これが夏のいいところだ。僕の暑い部屋で唯一涼める格好。まあ別に普段から裸で生活しているってわけではないのだが。いつもはこれにパンツ一枚はちゃんと羽織っている。本当はマッパで生活したいのだが、いかんせん僕の玄関の鍵は壊れており、中から鍵が掛けられない状態なのだ。NHKの集金でも来たら謝られてしまう。

風呂に入りシャワーを浴びる。流石に夏は毎日入らないとすぐに汗臭くなってしまう。汗を流して手のひらについていた絵の具を洗い落とす。まだ乾燥していないので簡単に落ちる。

シャワーを浴びながら今日の夕飯のことを考える。何にするかな。

そして僕は風呂から上がった。

「お、あがったね。ご飯にします?お風呂にします?それとも あ・た・し?というべたな事もやりたかったのだが先にお風呂に入られたんじゃその幸福な三択も聞くことが出来ないな。二択にしてもいいのだが、それだとリズムとテンポが台無しになってしまうし、何より一緒にお風呂に入るという楽しい行為が出来ないのだよね。まあ、そんなことは置いといて。勝手にお邪魔してます。ご飯はまだ食べていないのだけど、ご馳走様です」

 そういうと目の前にいるキンちゃんは僕に向かって手を合わせた。僕の股間に向かって。

「うわああああああああああ」と絶叫しようかと思ったけど、それじゃあ男と女がアベコベだし、なによりここで叫ぶと僕は更にいじられるだろうと考え、僕は口を押さえた。そして考える。股間を押さえるべきだったと。

「お、押さえ込んだね。男らしい」

 人差し指と中指から親指を出して、僕の目の前にかざす。使う場所間違ってる。

 異性の裸をみて動じない、貴方の方がなんと男らしいことか。

 脱衣所に用意してあったタオルを腰に巻き、一息ついてひとまず声を出す。

「あの、洋服着たいんですけど」

「どうぞ?服を着るか着ないかは君の自由だろう」

 ああ、ハッキリ言わないとわからない人っているんだよな。

「異性に裸見られたくないので出て行ってください」

 僕がそういうと、キンちゃんはがっかりした顔をして僕の裸を写メって出て行った。



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