4、うどんが無ければ日本人学生の半分は死亡





「ぬおおおおおぉぉぉぉぉ単位がぁぁぁぁ単位がぁぁぁ」

 僕がうどんを食べている横で、木島が頭を机につけながらグネグネと身悶えている。学食という公共の場でこういう風にグネグネと動くことが出来るとは、ある意味尊敬する。ほら、皆見てる。皆見てる。

「ちょっと、止めろ。そのグネグネ止めろ」

 僕の方が恥ずかしくなり止めに入った。それでも身をよじるのを止めない。

 僕はあきらめて買ってきた素うどんをすすった。

「きちんと単位を取っている奴にはこの気持ちは分かるまい」

 分かりたくも無いね。と内心呟いてうどんをすする。

ここの学食ではうどん一杯百五十円。ダシも効いているし、美味い部類に入る。正直に言うと僕の生命線となっている食料だ。トッピングも別売りで食券があるのだが、それを買うと「安くて美味」いという、美点がなくなってしまうからだ。高くて美味い。そんなの当たり前だ。高いから美味いというのは当たり前。安いのに美味いというのは奇跡に等しい。そう、これは奇跡なんだ。トッピングを追加するなんて行為は邪道とする。素うどん最強。

 ・・・・・・・・まあ何だかんだ美化しても、ただ単に僕が貧乏だからという一言で済んでしまうわけなのだが。

「お前は今日も素うどんか。貧乏人」

 要領よく単位を取得している者へのやっかみからか、僕に対して嫌味を投げつけてくる。

 この間薔薇姫に振られたのもなんのその、木島は既に立ち直り俺をけなす余裕さえも取り戻している。

「別に貧乏しててお前に迷惑かけてるわけじゃないからいいじゃん」

「友達としての俺の品格が下がる」

 どこからその根拠のない自信が湧いてくるのか聞いてみたかったが、そんな事を聞く行為がもったいないので止めた。

「友達辞めようか?」

「嘘です。勘弁してください」

 両手を挙げながらイスラム教徒が祈るかのように頭を机につけた。絶対反省してねえ。

 木島はすぐさま顔を上げ、目の前の食料へと向かい合った。

「まあお前の血管にうどんが流れ始めるのも時間の問題だな」

 そういいながら木島は手元にある天丼に箸をつけた。

天丼三百九十円。僕の倍以上の価値がある食べ物を次々に口へと運んでいく。ご飯の上から木島の口へと移される海老天。サクサクと軽快な音が僕の耳へと飛び込んでくる。きっと口の中ではプリっとした海老が踊っていることであろう。このうどんの倍以上の美味さがそこにはあるのか。常食うどんの僕にとっては月に一回味わえるか否かの食感だ。

その天丼を見ているだけで僕の口から涎が垂れる。今、現在進行形でうどんを食べているにも関わらずにだ。それを飲み込む。僕にはアレは遠い。諦めろ。そう自分に言い聞かせる。

「・・・・・・・・・なに?海老天食べたいのか?」

 僕がジッと見ていたからだろうか。木島が僕の心情を汲んだ言葉を出してくれた。そりゃあ食べたい。食べたいが、お前からもらうのだけは嫌だ。それだけは絶対に僕のプライドが許してくれない。

 という言葉を我慢して言った。

「食べさせてください」

 さらば僕のプライド。

 しかし僕の心をへし折ってまで搾り出した言葉は、難なく却下された。

「あそこに食券があるから自分で買って追加しろ」

 何て嫌な奴だ。これは友達少ないはずだ。他人の痛みが分からない。いや、他人の懐具合が分からない。他人の懐具合が分からない人間なんざ、これからの社会を生きていく上でも、きっと弊害が出てくるに違いない。違わないで欲しい。

 僕は自分を殺してまで言った言葉をこのままなかったものにされるのは惜しいと感じ、もう一度木島に頼んでみることにする。もう一度プライドを捨てる。一度廃棄したものだ。再度捨てるのなんて造作ない。

「後一度しかいわねえ。僕にそれをやれ」

 最大限にへりくだって頼んでみた。

「やだ」

 一言で一蹴された。僕の今日の贅沢は叶いそうにない。

 木島はそう言うと僕の海老天をサクサクとたいらげていく。サクサクのプリプリだ。

 僕はズルズルのグチグチのみでたいらげていく。味が単調。食感も変わらず。毎日毎日うどんだ。うどん。もうどうしようもないくらいうどん。

 そうさ、うどんだ。

 キャハーうどん最高超おいしい。

 ・・・・・・・・・・最後に昼食にお米食べたのいつだっけ。

「僕の血管はうどんで出来ているのかもしれない」

 思うと同時にそう呟いていた。木島は僕を一瞥すると特に何の感慨もないらしく、そのままご飯ごと口の中にかきこみ始めた。僕もあんなふうに昼飯を食べたい。

 僕がため息をつきながら木島から目線を逸らした直後のことであった。

 僕のうどんの中に何かが入ってきた音が聞こえた。木島がとうとう僕のうどんを奪い始めたか?と一瞬思ったが、そうだったらそうだったで、明日からハゲタカの如く、木島の昼飯のオカズを掻っ攫えることに気づき、それならそれで良しとしようと思った。

 が、予想に反して僕のうどんの中には海老天、そしてナスの揚げ物が不時着していた。奇跡、もう、まさにそう思った。神様はパンをあげるくらいなら僕に海老天の一つでもあげろよ、と常日頃願っていた甲斐があったのか。サクサクの衣がうどんの汁を吸っている真っ最中であった。

 僕は反射的に木島を見た。僕の最後の一言、「僕の血管はうどんで出来ているのかも知れない」という言葉に感動して、僕を崇め、そして僕に海老天を寄付したのだ。きっとそうに違いない。流石僕。さりげない一言で人を感動させるなんて天才じゃないか?

 とまあ、考えたわけだが。木島は僕を見ていなかった。僕の方は見ている。しかし僕と目はあっていない。

「君の血管はうどんで出来ているのかね?」

 僕の頭から声と箸が降り注いでいた。その箸から食糧は投下されたらしい。

「ば、薔薇・・・・・・・・琴音さん」

 木島が呟いた。僕は木島が見ている方へと顔を向ける。

 そこには清流院琴音こと薔薇姫が立っていた。後光が射しているみたいにその姿は美しく光を帯びている。

「ご、後光が!」

 これが僕に食糧を恵んでくれた方のお力なのか?と一瞬思ってしまった。

「いや、普通に照明の光でしょ。後光って・・・・・・・」

 そういうと琴音さんは僕の隣に腰を下ろした。その手にはてんぷら定食が乗っている。四百二十円。瞬時に値段が僕の脳内に出てくる。

 意味が分からない。僕の隣に座る意味も、僕に(おそらく)天ぷらを恵んでくれた経緯も。

「こ、こ、ここここここ琴音さん」

 木島が叫ぶ。

『どもりすぎ』

 琴音さんと同時に突っ込む。

 思わず琴音さんと目が合って笑う。

「琴音さん!僕に会いに来てくれたんですね!」

 その一言で僕の中の疑問が解決する。ああ、そういえば木島は琴音さんとデートしたって言ってたっけ。そしてたまたま食堂で見かけた木島を見ていたら、天ぷらという小さい物事で喧嘩をする僕たちを見るに見かねて、そして僕のうどんに天ぷらを投下したというわけだ。納得。そんなの一瞬で理解する。

 と、思ったが、琴音さんの次の一言はその理解を一瞬にしてふいにした。

「え?君だれだっけ?」

「ぐお」

 木島が撃たれたかのように机に突っ伏す。

 琴音さんの目はマジだ。全く記憶にないと、そのような表情をしている。

「あー、ごめんね。友人以上じゃないと三日会わなかったら忘れる性質だからさ」

「ふんぬおおおおぉぉっぉお」

 喉の奥というよりも、腹の底から声を絞り出す木島。声を出さないと痛みに耐え切れないのか軽く涙を流しながら声を振り絞っている。琴音さんの一言一言が癒えてきた木島の心の傷を丁寧に抉り取っているらしい。

 まあ、僕に天ぷらを与えなかった天罰だと思えば軽いものだ。

「ときにイブキ君」

「あ、はい」

 何故僕のあだ名を知っているのか知らないが思わず返事をしてしまった。もしかしたら天ぷらを返してくれと言われるのかと思い、思わずうどんの器を自分の手元に引き寄せる。

「いや、取らないから」

「あ、そうですよね。ってかすいません。なんだか恵んでもらって」

 意地汚い自分の胃袋を恥じて赤面してしまう。

「ああ、それは気にしなくてもかまわない。恐らく食べきれないだろうから。これで定食三つ目だし。それに気にしなくてもいいよ。君と僕との仲じゃないか」

「はあ」

 定食三つ目・・・・・・・何という財力と胃袋。どちらも僕の何倍もの勢力を持っているらしい。しかしそのことよりも気にかかる言葉があった。

「君と僕の仲?」

「ん?ああ、そうそう。君と僕の仲。キンちゃんとイブキ君の仲」

 そういうと琴音さんはショルダーバッグの中から帽子を取り出してヒョイッと被った。

「んえ、あー!キンちゃん!」

「そうそう、清流院琴音ことキンちゃんだよ。イブキ君」



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