「イブキ君ごめーん!待った?」
「待ったも何も僕を待たせていたのは確信犯だろう。僕より先に家を出ていたのだし、待ち合わせの時間まで目の前の喫茶店にいるの確認できてたよ」
「・・・・・・待った?」
「だから確信犯だろうって」
「まった」
「目が怖いよ。・・・・・・・・・待ったよ。待った。五分ほど」
「・・・・・・・・・・・そこは『いや、全然。僕も今来たところだし』の一言で締めるべきだよ」
僕にそっくりな声を出して僕の真似をするキンちゃん。
「いつの間にそんな特技習得したんだよ。それにそれは何のプレイだ」
「デートというものはそういうものなんだよ。いくつかの約束事が大切だ」
「・・・・・・・・・・・・はぁ」
そういうものじゃないだろうと僕は心の中で突っ込む。
夏休みも半分過ぎた頃、僕たちはデートをすることになった。事は昨日にさかのぼる。
夏休みになり、自分たちが学生であるという意識を忘れかけた九月の頭、キンちゃんが突然吼えた。
「おわったあああああああああああ」
そう吼えてゲームのコントローラーを放り投げる。
その咆哮に僕の体も自然とビクつき、絵筆がすべり、いらんところに筆についていた赤い絵の具が滑り、完成間近の絵に赤い線が走る。そして僕も叫ぶ。
「おぁぁああああああああ」
「あああああああぁぁぁぁぁっぁぁあぁ」
「いやぁぁぁぁぁぁあああああああ」
他人から見れば変態な二人だった。
ひとしきり叫び終わった後、「まあ、これも味かな」と、自分の作品に入った赤い線に諦めをつけた。
「いや、すまない。イブキ君」
「はぁ・・・・・・・。もういいですけど」
「それよりもイブキ君。私はとうとうやり遂げたのだよ」
「キンちゃんが、それよりも、とか言うんじゃないよ。・・・・・・・・で、何をやり遂げたの?」
僕はキンちゃんがやり遂げた内容を知っていたのだが、一応聞いてあげた。
何をやり遂げたのかはキンちゃんと一緒に生活していれば嫌でも分かった。夏休みに入り、起きてはゲーム、寝て起きてゲーム。ごろ寝しながらゲーム。二日徹夜した後半日眠る。それ以外は風呂、排便、食事、この生活における最低三つの事柄だけを生活に盛り込んだ習慣を形成していた。ある意味超人的で、そしてヒキコモリさえ心配するような生活。僕だったら目が潰れて頭が壊れてる。
まあそのような生活をしていたわけだ。おかげで、もうすでにキンちゃん専用のベッドと化した僕のベッドで、僕はキンちゃんと入れ替わりに眠れることが出来たわけなのだが。
「この積んでたゲームが全て終わった」
よかったねー。と一言僕は彼女を褒めてあげた。僕にはそのゲーム価値が分からないので自然と棒読みになる。床には十数個のゲームの箱が散乱している。たまにパッケージが壊れている箱があるが、それは彼女いわく「クソゲー」という奴らしい。それでも彼女のプライドからか、全てクリアしないといけないみたいで、クリアした瞬間、歓喜と共にたびたび箱を壊していた。そして片づけをしない。僕が片付けようとするたびにキンちゃんはサルのように怒った。全部終えるまで片付けたら駄目みたいだった。そしてとうとう今日それら全ては終わりを告げたみたいだ。
キンちゃんは一通り喜んだ後、僕の肩に手をかけ、そして徹夜でギラギラした瞳で微笑みながら呟いた。
「というわけでだ。イブキ君。明日デートするよ」
「は?」
もちろん僕には何が「というわけ」なのか理解できない。
「見てくれたまえ!この腕を!」
そういいながら彼女は自分の二の腕を指差した。
言われるがままに僕はキンちゃんの腕を見た。
「見たなイブキ君!この変態めが!」
「え、あ、ごめん」
僕はキンちゃんのハイテンションについていけない。
「しかし許す!して、見た感想は?」
「え、まあ、綺麗だよね」
「ありがとう!だが違う!色に関してだ」
「白いよね」
正直に感想を言った。透き通る肌とはこのことを言うのかというような綺麗な白い色をしてる。
「そう!白いんだ!夏なのに!」
「そりゃあずっと家に居たんだから当然っちゃあ当然でしょ」
僕は絵を描くために度々近くの川原や山などに出かけていたので結構日に焼けている。
「そしてこの一ヶ月ろくに太陽の光を浴びていない」
「ろくにというか、ハッキリ言って一切なんだよね」
本当に一歩も外出していない。玄関においてあるキンちゃんの靴は邪魔だったので靴箱に片付けてある。出した形跡は一切ない。
「というわけでデートだよ。外に出る口実になる」
外出するのに口実はいらないよな、と僕は思ったが、キンちゃんはその後に言葉を続けた。
「というのはカモフラージュで、この一ヶ月間、君意外と話をしていないから、ぶっちゃけ人ごみの中に入るのを慣れておきたいのだよ!」
完全なヒキコモリになっていた。
「・・・・・・・・・・・日常生活へと戻るためのリハビリ?」
「さすがイブキ君。私の言いたいことがよく分かってる!」
こんなに前向きなヒキコモリは聞いたことすらないのだが。
「分かっているのならもう全ては語らない。私は寝るよ!お休みだ!」
そしてキンちゃんはハイテンションで意味の分からないままベッドに飛び込み、僕の返事を待たずに五秒で寝た。
「僕は一言もOKの単語を出してないよね」
こうして僕は押し切られる形で彼女とデートをすることになったのだ。
そして今に至る。
今朝起きたら既にキンちゃんは家におらず、机の上には待ち合わせをする場所と、時間だけが書いてある紙がちょこんと乗っていた。場所は家から徒歩十五分のところにある駅前の公園。学生が待ち合わせの場所としてよく使われている場所だ。そしてキンちゃんはわざと遅刻。今さっきの滑稽な会話はリハビリの一種なのかどうかは定かでない。
「まあいいや、それじゃあ電車に乗ろうか。イブキ君」
「え?どこいくつもり?」
僕はてっきり町をふらついて適当に帰るだけかと思っていたものだからびっくりしてしまった。財布には少しのお金しか入れていない。
「夏、そして日焼けと言ったら海に決まってるだろうに」
「きまってるだろうにって、僕は水着とか用意してないからパス」
「どうにかなるだろう。海のシーズン外してるからそこまで混んではいないとは思うが、日が昇りきる前に着きたいのだよ」
そういうと僕の腕を取り、カツカツと駅に向かって歩き出す。
僕には徹底的に拒否権が無いみたいだ。まあ海には行ってみたいと思ってたんだけど。
電車に揺られておよそ三十分。駅を降りてから更にバスに乗り十五分。目の前に海は広がっていた。日差しは正直キツイ。しかしこの日差しを浴びてこそ夏を感じる。どうせ海に来るんなら紙とペンだけでも持ってくればよかったなと考える。九月だというのに海には結構な人が来ていた。
そして僕の横では暑さで既にへばっているキンちゃんがいる。更に人の群れを見て辟易としているのが分かる。
「さて、海も見たし帰るか」
こんなことを言う。リハビリをする気がないらしい。
「ここまで来てそれは無いでしょ」
逆に今、この時点では僕のほうが乗り気なわけだ。
海の家で水着と服を入れるバッグを買う。本当に何とかなるものだ。
互いに着替えるために、海の家を待ち合わせ場所にして別れた。
僕は海パンを振り回しながら脱衣所に向かう。小ぢんまりとした小さな脱衣所だが、建物自体は結構新しく、外観からは綺麗な印象を受けた。
僕はきっと機嫌がいいのだろう。無意識に鼻歌を歌いながら脱衣所に入る。中にはちらほらと人がいた。
僕は適当にコインロッカーを選び、そして着替え始める。
「あ、とっとっ」
僕の後ろで着替えていた男性が僕にぶつかってきた。水着が足に引っかかってつまづき、僕にぶつかったみたいだ。
「ごめんごめん」
「いやいや、いいです」
律儀に頭を下げ男性は謝ってきた。僕もそれに返す。
そして男性が頭を上げた瞬間、互いに固まった。
「イブキ!」
「木島!」
そして互いに沈黙する。別に喧嘩をしているわけじゃないのに互いに言葉が出てこない。
沈黙を破り、木島が一言つぶやいた。
「・・・・・・・・・・・・謝って損した」
「損はしねえだろ」
僕はお前を許して損したと思った。