今月の木島(初級編)



 正直嫌なタイミングで出会った。仮に僕が一人の時ならいいのだが、今回はキンちゃんを連れてきている。夏休みに入る前にこいつはキンちゃんに振られている。仮にも僕と木島はギリギリ友人である。もし僕が今日キンちゃんと来ていることを知ったらどうなるのだろう。

 バッグを肩に引っ掛けて、待ち合わせの海の家の前へと歩く。

 そして木島は当然の如く着いてくる。僕が早足で距離を置こうとすると寸分の距離も違わずくっついてくる。

「木島、お前今日一人か?」

 スピードを落とさずに僕は話しかける。

「俺?俺が一人で来てるわけないだろう。お前じゃあるまい」

 その一言にカチンときたが、こいつを振り切れなかった時の事を考えると無下に怒れない。

「ならなんでついてくるんだよ。待ち人がいるんだったらそっちに行けよ」

「・・・・・・・・・・・・今日一緒に遊ばねえ?」

 その一言に僕は思わず立ち止まる。密着するほど後ろにつけていた木島も立ち止まる。ぶつからないのが不思議だった。

「木島の事だから女の子と一緒に来てるんだろ?」

「・・・・・・・・・・んー、女の子、お前がそういうなら女の子だな」

「何でそこで濁すんだよ。何だよ、それなら僕が一緒にいたら邪魔だろう」

「いやいや、そこは勘違い。お前が一緒にいたほうが助かる」

「何でだよ」

「女の子っていうか・・・・・・妹」

「兄妹仲良く遊びなさい」

 僕はそう言い切ると海の家まで全速力を開始した。ここで木島を振り切る。これが花中島とかだったら快く受け入れていただろう。しかし木島だ。こいつにキンちゃんと会わせても大丈夫なのだろうか?

「まあまあ、そんな事言わずに」

 僕の心配と言う気遣いに気づかず軽く僕についてくる木島。顔は笑顔でランニング程度の体力しか使っていないみたいだ。僕の足が遅いのか、木島の足が速いのか。

「つ、ついてくるなよ!」

「ついてくるっていうか、俺もこっちで待ち合わせなんだけどな。妹面倒臭いんだよ」

 そうこうしているうちに、海の家に着いた。更衣室と海の家がそこまで離れていないため、当然と言えば当然に、木島を巻けないまま着いてしまった。

「なあ、頼むよ」

「・・・・・・・・・・・・・・はぁ。いいよ。別にいいよ。いいけど泣くなよ」

「何で俺が泣かないといけないんだ?あ、アレだろ。『妹が僕に惚れても泣くなよ!ましてや、もし僕が食ってポイしても怒るなよ!』とか言うつもりなんだろう。ないない。お前に妹が惚れるかどうかはともかく、俺が妹の恋路に関して泣くことはないから。そこまでシスコンじゃないし」

「流石に妹が食われてポイされたら怒れよ。ってか僕はそんなこと言うどころか考えたことすらないけどな」

「まあ何にせよ、俺が泣くはずない。生まれる瞬間でさえ泣かなかった俺だ。何故今頃になって泣くのだろうか」

「・・・・・・・・・・・・・はぁ」

 サラッと嘘をつく木島にため息をつく。二ヶ月前に泣いているのに。嘘をついているのか、泣いたことを忘れているのかは分からないが。こいつは馬鹿だから。

 キンちゃんも流石に女の子なのか、僕より着替えが早いということもなく、まだ海の家には着いていないみたいだった。

 木島も待ち合わせは僕らと同じところの海の家みたいだ。何も言わずに僕の隣に立っている。

「木島はキンちゃんとあの後あったの?」

 あまりにも暇なのと、木島が不意打ちでキンちゃんと出会うのは、あの学食でのやり取りを思い出す限りあまりにも不憫なので聞いておくことにした。

「・・・・・・・・・?キンちゃんって誰だ?」

「あ、清流院さんだ。清流院さんと会った?」

「あれ?お前に話したっけ?デートして振られた後は会ってないよ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?あれ?

「学食で会った後もう一回デートしたのか?」

「は?学食?何だそれ?俺は清流院さんと一回しかデートしたこと無いぞ?会ったのはそれっきりだ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれれ?

「ほら、学食で俺とお前とで飯食ってた時に清流院さん来ただろ?」

「・・・・・・・・・・・・?いや、確かに俺はデートの後清流院さんと会ったことはないぞ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・記憶が飛んでね?

「おう、待たせなた。イブキ君。結構更衣室が込んでてな。人がほとんどいなくなるまで更衣室に入れなかったのだよ。精神的に」

 物理的にじゃないってのが、リハビリを必要としていることが分かる。キンちゃんがタイミング悪く登場した。

 オレンジを基調としたチェック柄のビキニが、白いキンちゃんの肌に似合っていた。普段部屋で薄着なキンちゃんを見ているわけだが、やはりこういうところで水着を着ているのを見ると違って見える。

 周りを見てみると、男女問わずにキンちゃんの方に視線が集まっている。現実にこういうことってあるのだな、と少し感心した。というか、僕はみんなの反応を見るまでキンちゃんが美人だということを忘れていた。

 木島を見てみると、キンちゃんに目が釘付けになっている。

「どうかしたか?イブキ君。そう言えばみんな見ているな。これは喜んでいいのか?それともヒキコモリは帰れということか?」

「喜んでいいよ。そういえば、キンちゃんって美人さんだったんだね」

 正直な感想を言う。今日の「矯正」という目的を忘れずに遂行するとなれば、ひとまず、キンちゃんが自分の魅力に自信を持てば、他人の中に溶け込むきっかけになるだろうと思い褒めてみた。

「そういえば何々だった。・・・・・・・・・・あれか?忘れてただろ?イブキ君」

「うん」

 何事も正直が一番だ。

「あれか?普段の露出がやはり足りないのか?そうだ。多分そうなのだ。やっぱり脱いだほうが・・・・・・・・」

「脱ぐなよ!美人に露出関係ないだろ!というか普段ボサボサの頭で三日三晩同じ服装でゲームをする君を見ていて美人と認識するほうがおかしい!夏場なのだから服ぐらい着替えろ!」

 本当の美人は中身も伴なって本当の美人だと思う。風呂には入っているのに服を着替えないとはこれいかに?

「いや、人間って急いでやることがあればアレくらいの生活に陥ると思うよ。イブキ君だっていつかそうなる」

「そういうこともあるかも知れないけど、ゲームは元々急いでするもんじゃないし、根詰めてやるものじゃないだろう。忙しい人に謝れ!」

 とまあ、僕とキンちゃんが言い争っていると、木島の待ち人も来たみたいで、高校生くらいの女の子が木島に話しかけていた。髪は長く、ポニーテールにして後ろでまとめている。水着は白を下地として赤いラインが三本斜めに走っているデザインだった。正直かわいい。

「お兄ちゃんお待たせ!・・・・・・・・・・・・・・ってお兄ちゃんなんで泣いてんの!」

「あ、あずさか。・・・・・・・・・分からない。何故俺が泣いているのか。前世でこういう情景を見た記憶が・・・・・・・」

 木島は僕とキンちゃんのやり取りを見ていて夏休み前の記憶という名の前世がフラッシュバックしているらしい。妹の恋路には泣かなくても、自分の恋路には泣く男、木島だった。


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