16、ここにしか咲かない花


 海に入る前に、互いに軽い自己紹介をする。

「私、木島梓(あずさ)っていいます。ヨロシコ☆キャハ☆」

「よ、よろしこ」

 何だ、このやりづらい物体は。

「いやいや、梓、普通でいいから。仮にもお兄ちゃんの友達だからね。コビは売らなくてもいいんだよ?」

「あ、そうですか。木島悟の妹、木島梓と申します。普段は愚兄がお世話になっているみたいですね。この愚兄は本当に男友達も少なく、男性に対しては本当にどうでも良いと思っている屑なのですが、それでもこの愚兄にお付き合いいただいている男性の貴方はよほど出来た人格をお持ちみたいですね。以後お見知りおきを」

 何だこの変わりようは。更にやりづらい。狐の皮を被った狼みたいな。僕を褒めている(のだろう)からいい子っぽいけど。

「愚兄って言うなよ・・・・・・・・・。んじゃ次俺な。清流院さんとは初対面ではないけど、あのデートから結構日にち経ってるから忘れられてるかも知れないので、一応もう一度自己紹介を。俺は木島悟って言います」

 木島も忘れていることを忘れている。

「忘れていませんよ。私は琴音といいます。キンちゃんって呼ばれたりもします」

 ・・・・・・・・・あれ?どこかで聞いたことあるような自己紹介だ。まあそれはいいけどキンちゃん絶対忘れてる。なぜなら話し方が他人行儀。

 最後に僕に視線が集まる。

「キンちゃんも猫かぶらなくていいよ。あ、僕は泉飛沫って言います。よろしく梓さん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。さん付けで呼ぶ何て律儀な方ですね。私はちゃん付けで構いませんが」

 そう言うとにっこりと微笑んでくれた。皮肉っているのかどうか分かりづらい。僕がの考え方がいやらしいだけか?

 木島が持ってきていたビーチパラソル(恐らく部室にあったやつ)を浜辺に突き刺す。

 キンちゃんと梓ちゃんは既に打ち解けているようで、二人でなにやら話し込んでいる。

 結局今日はこの四人で行動することになったらしい。どうせなら花中島も呼べばよかったなと思った。

 ビーチパラソルの影に荷物を置く。

 キンちゃんと梓ちゃんは僕たちに構わずに話しこんでいる。

 木島は日焼けオイルを体に塗って寝始めた。

「それじゃイブキ。後よろしく」

 僕はてっきりこの男はキンちゃんにちょっかい出し始めるかと思っていたのだが、何もやる気がないらしい。

「・・・・・・・木島はキンちゃん大丈夫なのか?」

 心遣いをしてみる。半分は興味で出来ているやつだが。

「んー・・・・・・・まあね。ふられちゃったわけだし。いまの様子見ても分かったけど俺に興味は一切ないみたいだわ。大体今日合うまで彼女の事忘れてたし」

 意外と男らしい心意気にびっくりした。僕はてっきりそのまま毎晩枕を濡らしているのだと思っていたのだが。

「まあ何より家族がいるのにナンパじみたことはできないだろ」

「・・・・・・・・ふーん」

 少し見直したのを木島に気取られないように僕は海を眺めた。

「というわけで、妹の事よろしく」

「は?何がだ?」

「妹、泳げない、俺、泳ぎ教える。コーチ面倒、お前、泳げる、俺、寝る」

 そう言うと木島は目をつぶった。本当に何もやる気がないらしい。

「ちょ、おい。何で僕が」

 三秒後には木島はいびきをしながら本当に寝始めた。いくら揺さぶっても起きやしない。

「イブキ君。お待たせだ」

「愚兄は海に来た目的も忘れて寝ているみたいですね」

 話を終えた二人が僕たちに近寄ってきた。

 僕と梓ちゃんがそれぞれ殴る蹴るの暴行を加えてみたが起きる気配がない。キンちゃんは一応初対面ということで不参加。眠るスピードといい病気なんじゃないか?

「イラっとしますね」

 梓ちゃんが最後に軽く木島の横っ腹を蹴る。その表情は至ってクールに無表情だった。

「これじゃあ私は海に来た意味がありません」

 そう言うと、梓ちゃんはバッグからホワイトカラーのペンを取り出した。

「これじゃあ今年も私は泳げないままです」

 木島の乳首周りを丁寧にタオルで拭き始める。

「ふひひ」

 キモイ笑いをする木島。勿論起きない。

「イラっとしますね」

 そして梓ちゃんは木島の乳首を中心とした花を描き始める。

「おおお、いたずらっ子だ!」

「ちょ、梓ちゃん」

 木島のボディには二輪の花が描かれた。その名前はコスモス。秋に咲く名前である。気高く美しい。

「少しすっきりしました」

 そういいながらペンのふたを閉める。

 家族の問題ということで、僕とキンちゃんはその行為を止めようとしなかった。家族の問題は難しいものである。おいそれと口出しは出来ない。それは仕方のないことである。

「さて、私も肌を焼くとするかな」

 三人で木島から少し離れたところでキンちゃんはそう僕に言った。そしてバッグからオイルを取り出す。

「はい」

 そして僕に向かって渡す。

「いや、別に僕は塗らなくていいよ」

 僕がそう言って申し出を断ると、キンちゃんは手を引っ込めずに首を振った。

「違う違う。デートで海、女性から手渡されるサンオイル。その心は」

「・・・・・・・・・・・僕が君の体に塗るの?」

 心は分からないが意味は分かる。

「お色気漫画の中ではお約束だよ」

「はぁ、お色気ね」

 僕はキンちゃんを横に寝転ばせてその横に座り、手早くオイルを塗った。

 そして僕は立ち上がる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」

「ん?どうした?」

 一人で寝転んでいるキンちゃんが僕に何か尋ねた。

「どうしたも何も!あれは?最初は頑なに拒否していながら私の頼みを断れず、赤面し変な汗をかきながら私にからかわれ、そして少し二人の距離を縮める甘い描写は!何故一瞬でこのイベントが終わる!」

「お色気漫画じゃないしないよそんなの」

「な、なんの為の海なのだ!」

「海は人間が作ったものじゃないから何の為も何もないよ」

「チクショウ正論だ!しかし君の話はツマラン!」

 その後も色々と喚くキンちゃん。何かもう面倒になったのでギャーギャーわめいているキンちゃんを残して僕は海に向かった。実際に僕は照れていたわけだが、それは一生懸命押さえつけた。女性の体に触って恥ずかしくないわけがないだろう。




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