34.言い訳の変遷

 少し説明的な話になるが、姉さんには詐欺の才能がある。

 それに気づいたのは僕が高校生のころ、そして姉さんが社会人になってからのことであった。

 話術が上手いとか、そういう話ではない。ただただ単純に人をひきつける魅力、カリスマ性があるのだ。

 それはいまの彼女の仕事の立場を見れば分かると思う。

 社長秘書、しかも社長を手玉に取っている。

 特に頭がよいわけではない。

 キンちゃんほどの美貌があるわけでもない。

 ただ、勝手に彼女を周りが信じる。

 勝手に周りが姉さんの思惑以上のことをし始める。

 そういうことだ。

「いや、最初は二束三文で売ってたわけよ。そしたらね、勝手に社長さんたちが互いに飛沫の絵の取り合いを始めて、それで・・・・・・・・・・まあ私もお金は嫌いじゃねえしいいかなとい思ってたらいつの間にか霊感商法みたいな?」

 キンちゃんのパパに家の門を閉めてもらい、大きな屋敷の庭で大捕り物。姉さんを捕獲できたのは姉さんが逃走を始めて三時間後のことであった。

 無駄に運動神経のいい姉さんではあったが、無駄に運動神経の良いキンちゃんが最終的に捕まえた。流石に六対一では分が悪かったらしい。

「みたいな?って言われても・・・・・・・・・いいから姉さんお金返しなよ?正直言って僕の絵なんかに金額なんかつけられないし」

「何その強気発言?ゴッホになったつもり?」

「ちげえよ!逆だよ!無料当然って意味だ!」

 正直絵の具代金すらとるのもはばかれる。

「いや、飛沫君。それは自分の過小評価ってものだ。確かに金額は私たちの思惑を越え遥か高い金額をつけてはいたが、それでも君の絵は少なくとも私たちが支払った十分の一くらいの価値はあると思うぞ?しかも最低限でだ。少なくとも私は君の絵が好きだしそれくらいのお金は払いたい。もし君がただでくれると言ってもだ、私は君の絵にお金を払うよ?君の姉さんが悪いわけではない」

 そうキンちゃんのパパが僕に言ってくれた。正直嬉しくないわけがない。

 キンちゃんのパパたちがつけてくれた値段の十分の一、・・・・・・大体一つの作品に対して三万円くらいか?・・・・・・・・・・・正直僕の絵に値段がつけられるということ事態考えられない事なのだが、一つの生の作品にたいしてそれくらいの値段をつけられるのは普通のことであるので少し納得する。

「ありがとうございます。清涼院さん」

「・・・・・・・・・・・・・・・お、お父さんとよん・・・・・・・・・」

 聞こえないふりをしよう。

 なんだかこの人も少しおかしい。

「それでもだ、姉さん。僕はそのお金に納得していない。騙して盗ったとしか思えない」

「わたしゃ一切騙してなどいないし、買い手は全て納得して買っている。被害の確認すらしようがないぞ?私は騙す意思など一切なかったのだし、彼らも騙されていない。あら不思議ここに犯罪など成立せず」

 姉さんは手をヒラヒラさせながら僕に言う。

 罪の意識がなければ窓を破って逃げたりなどしない。

「まあそうなのかもしれない」

 僕の本音を姉さんに伝えた。

 しかし、しかしだ。そもそも根本的におかしいことがある。

 姉さんはそれを意識的に避けているし、自分からその話に持っていこうという気は一切ない。

 僕が攻めるところはその一点のみである。

 ちなみに僕が攻める場所というのは

「けどね、姉さん、そもそもその絵は僕の絵だ」

 ここである。

 姉さんは舌打ちをする。

 そして目を逸らす。

 やっぱり意識的に避けていたか。

「だからね、姉さん。僕に絵を返してもらうために、そのお金を使い、そして絵を買取ってくれ。これが僕じゃなかったら裁判所に訴えられるくらいだ」

 僕がそういうと、姉さんは口を開いた。

「飛沫に一言言っておくと、刑法では親族相盗例というのがあって親族間での窃盗は刑罰の対象にならないという法令がある。ちなみに刑法二百四十四条第一項だ。覚えておけ。そして今の絵の所有の関係だ。これは民事の対象になる。こまごまとした説明は必要か?省いて結論から言えば今の絵の所有権はキンちゃんのパパ、つまり社長にあるよ?つまり今回の件、刑法から見ても民法から見ても今お前は口が出せる立場にないということになる。それくらい私が考えていないとでも思うか?愚弟が」

「何それ!」

 一瞬で論破された。

 僕は刑法やら何ちゃら法やらに全然精通していない。

 キンちゃんと木島、そしてキンちゃんパパを順番に見る。

 皆目をあわそうとしない。つまりその通りということなのだろう。

「とまあ、法律関係ではそんな感じなのだが、さすがにこのままにしておくと今後の姉弟関係が捻じれると思うので返すわ、お金。後の商談は自分でやれ。二十歳越したろ?尻拭いは自分でやれ」

 手前のケツ拭いてんだよ

 とは死んでも言えない僕がいる。言えるわけない。

「金はコウちゃんに預けてあるから適当にもらっといて。あ、社長、今日は居心地悪いんで帰ります」

「え、あ、分かった」

 どっちが上司なんだかわかったもんじゃない。っていうか、ここまで偉そうにできる自信ってなんだ?僕が社長になっても、部下には敬語を使っているだろうし。

「金はちゃんと全額あるはずだから心配するな。流石に私でもこれ以上は逃げも隠れもしない」

 姉さんの「これ以上」がどのラインを基準にしているかわからないので何ともいえないが、確実に信用ならない。なぜなら一回逃げているからだ。

 しかし、何故にコウ兄さんに預けてあるのだろうか。

 コウ兄さんはいい年してヒキコモリである。若い年代からのアパート経営。彼女も作らず、日々箱の中、ずっとパソコンをいじって日々を過ごしている。まさに世捨て人である。まだ三十歳にもなっていない。

「それじゃあ私は帰るよ。ここだけは本当だ、手に入れたお金の分は返せる状態にある」

 姉さんはそういうと踵を返した。

 誰も話しかけるものはいない。姉さんが「ここだけは本当」といった。そこだけは信用できる。それ以外は信用できないのだが。

 姉さんがいなくなった空間で静寂が流れる。

 僕は今後の僕の絵の所在を明らかにしておかなければならない。

「あの、清涼院さん。非常に勝手で申し訳ないですが、お金は返却しますので、私の絵を返してもらえないですか?清流院さんが先ほど仰いましたが、それでも僕の作品には値段なんかつけられるような価値はありません。本当に僕の自己満足で描いている作品です」

 僕は何とか返してもらおうと語りかける。

 しかしキンちゃんのパパは顔を縦に振ろうとはなかなかしなかった。

「もし、君が自分の作品に本当に価値を見出していないとしてもだ、芸術なんてものは全て第三者が価値をつけるものなんだよ。だから絵が売れるんだ。自分で最高の出来だと思っていても他人からの評価がなければそれは何の価値もない。もう一度言う、私は君の絵が好きだ。そしてさっき君の姉さんが言っていた通り、所有権は現在私にある。私は君の絵を返したくない。自分の手元に置いておきたい」

 そう突っぱねる。

 話は平行線。どちらも譲らない。というか僕も譲れない。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、キンちゃんが口を挟んだ。

「解決策というか、妥協案なら出せるけど」

 と一言、そして続きを話し出す。

「結局、イブキ君が言いたいのは、お金まで出してもらって人にやるものじゃない。そして所有権を自分のものにしておきたい。父さんは自分の手元に置いておきたい、そういうことだよね?」

「まあ、おおむね」

「そんな感じ」

 僕と清涼院さんが同時に頷く。

「だったら簡単だよ。イブキ君が返すお金を父さんが受け取って、所有権をイブキ君に写し、そして保管場所はここにしておけばいい。作品自体はイブキ君のものだと主張できるし、父さんはいつでも自由な時に絵を見ることができる」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そういわれると別に僕は作品が何処にあるか分かっていて、そして絵が僕のものであるという安心感があれば文句は全然ない。

 僕は納得した段階で、キンちゃんパパの顔を見る。

 パパは「君がそれで良いなら」という顔をしていた。

 何か上手く丸め込まれた気がしないでもないが、商談成立。

 後はお金の返却のみの話となる。

 



場所はアパート僕の城。

 そしてコウ兄さんの部屋の前。

 キンちゃん本宅から直帰し、ここに来た。

 呼び鈴を鳴らし、数瞬の間の後、コウ兄さんが出迎えてくれた。

「はいはい、どなた・・・・・・・・・・・・飛沫か。あれだろ?雫のお金。電話で雫から話は聞いているよ。ほい。通帳と印鑑」

 そう言ってコウ兄さんから通帳と印鑑を渡された。通帳は僕名義、そして印鑑は僕の苗字で出来ていた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・どういうことだ?何故僕の名義で。

「何故何なんで?って感じだな。お前の名義ってのが意味が分からないんだろ?」

「うん。てっきり姉さんのことだからコウ兄さんに内緒で畳の裏に札束を敷き詰めているものだと思っていたズラよ」

「ゲバってるね。まあ定期的に雫から札束渡されてこの通帳に入れて資金にしてくれって言われていたものでね。おかげで少し助かったよ。ああ、ちなみにお前の部屋のエアコンとかそこから出していたみたいだから」

「だからあの時・・・・・しかし姉さんが使わずに僕の口座に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って待って。資金って何?」

「ん?あれ?知らないの?株だよ株。大丈夫。最近の大恐慌も上手く切り抜けてるから。損はしてないし色もつけて返すよ」

「え?なに?株?」

 初耳であった。

「まあ通帳みてみ」

 そうコウ兄さんは言った。

 僕は通帳を開き残高を確認してみると、一番左側の一の数字の右に五の数字があった。

 つまり、姉さんが言っていた一千万よりも五百万多い。

「つっても、雫にもやってるからお前だけにたくさんってワケにはいかないから。すまんな。まあ安心してその金で遊べ」

 僕は全身にびっしょりと汗をかいた。

 キンちゃんのパパに返す金額は売った金額と同じ金額。

 つまり余り分がすごい。大学生が自由にしていい金じゃない。

 そして何より、今思い出したのだが。

 銀行で一千万ってどうやっておろせばいいのだ?


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