35.束の間の休息

 銀行員との話し合いの結果、なんとか全額下ろすことができた。

 一人で行く度胸など僕にはなく、なんか大金を扱いなれてそうなキンちゃんに付き添ってもらった。

 一千万は返却用、もう五百万は銀行に入れておく意味がないとの判断でおろしたのだが、銀行員は全額下ろそうとする僕の態度にあまり好感が持てなかったみたいで、最後までごねにごねていた。大口の講座はあまり動かして欲しくないみたいだ。

 というか、今の日本の金融業界、特に銀行の利率と、そしてATMでお金を下ろす際の手数料を考えた時、そこに貯金しているのが馬鹿らしくなってくる。手数料分の利率も付かないのに他人様にお金を預けている道理などほとんどないに等しい。自分で持っていればいい話である。保管の際に気を使ってしまうが、昨今のカード被害の状況をかんがみるに大して変わらないような気もしないではない。

 と言っても、残りの五百万などという大金を僕が持っていても何の使い道も思いつかないわけなのだが。

 下ろした一千万はそのままキンちゃんのパパに手渡しをしにいった。

 本来ならば、その返す際の悶着、問答、及び駆け引きなどを事細かに説明するべきなのだろうが、他人とのお金のやり取りなどあまり人にひけらかしたくない性格のなのでそれは割愛する。

「そんなに急がなくても良いのに・・・・・・・・」

とパパさんは何故か残念そうにしていたが、人に貸しを作ったまま日々を過ごしたくなかったので、目の前で、即金で支払った。

 さあ、これで自由の身、普段の生活(とは言っても、代わらぬ三人暮らし)に戻るわけだが、そういうわけにもいかなかった。

 この僕が住んでいる空間に、社会人の一年間の平均所得約五百万円が置いているわけだ。

 部屋に帰った僕とキンちゃんと梓ちゃんはひとまずお茶を飲んで落ち着く。

 というか、そわそわしているのは僕だけなのだが。

 キンちゃんと梓ちゃんは何の抵抗もないのか、お茶を飲んでいる間に夕飯のメニューを何にするか話し合いを始めている。

 僕は正直それどころじゃなかった。

 五百万という大金。先ほどは、銀行に対する不平不満をぶちまけたが、それも金額によるものだと痛感する。

 安心はお金を出さないと買えない。

 そういうことみたいだ。

 そういえば僕の家は鍵の状態も芳しくないし。

 用心しているかと言えば、無用心な方である。

 僕が風呂に入っている間に勝手に友人が入ってきたり、大して知らないような知人を部屋に上がらせ飲み会を始めたりと。

 僕の頭の中で僕の無用心さをあげつらっていく。

 ひとまず、今はこの五百万円の保管方法を考えよう。

 と言っても僕の家にお金を保管するような鍵つきの何かなどあるわけがない。

 金品などほとんどないからだ。

 盗られて困るようなものなど存在しない。

 いや、違う。

 盗られて困るものはある。

 ・・・・・・・・・・・・・米びつに入っているお米と、そして冷凍庫に分けて保存しているお肉だ。

 これを盗られたら僕は泣く。

 多分これ異常ないくらいに途方にくれる。

 明日から何を食べていけばいいのだろう、僕の生命は何によって存続しているかというと、それは米だ。

 キンちゃん達が住み始める前まではうどんにより生存してきていたが、現在は三人暮らし、キンちゃんのせいでエンゲル係数は高いものの、その分食費はしっかりと払い、そしてそれにより僕の家の家計(主に食費)は豊かなものになっている。

 特に三人暮らしが始まった辺りから毎日銀シャリが食べれるのである。

 それは僕にとっては僥倖であった。

 奇跡の毎日に等しい。

 梓ちゃんの分の食費は、毎月木島から取り立て(実際の食費より十パーセント増し)、そして三人同時に作る分実際の食費よりは浮き、日々の生活に当てている。

 話が逸れてきた。

 僕が考えないといけないことは、毎月の食費のことではない。

 お米とお肉の保管方法についてだ。

 しかし、米びつに鍵をかけるわけにもいかない。

 というか、そんなのまず売っていない。

 お肉もしかり、施錠設備の付いている冷蔵庫、冷凍庫なぞ聞いたことない。

 そこで僕は、ふっと考える。

 なければ作れば良いじゃない。

 そうだよ、僕は美術部だ。そんなアイデアを出してくれる奴なんてたくさんいるだろう。

 冷蔵庫は無理にしても、米びつくらいは作れそうだ。

「・・・・・・・・・・・ぶきくん、いぶきくん」

 誰かに呼ばれ、僕は気がつく。

 どのような米びつを作ればいいのか、考え込んでしまった。

「ときにいぶきくん、どうするのだい?」

「ひとまず米びつを南京錠をかけれるタイプにするか、それとも細工いれてそれ自体が鍵になるようにするか考えているところだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・どのような経緯で米びつに鍵をかけるなんて発想に至ったのかそれはそれで関心があるところなんだが、ひとまず、今日の夕飯を何にするかの話なのだよ。」

「ああ、そうだったね。僕としたことが思考が逸れてしまった。そうだね、たまには胃に優しいものでも食べたいね。しかし、おかゆとかオジヤみたいに味付けが薄いのもまた食べた気になりはしないね。さて、となるとどうしようか」

「それならば私としてはだね、イブキ君、鹿児島の離島にある食べ物でケイハンという食べ物をお勧めするよ。感覚的にはお茶漬けみたいなものなのだが、お茶ではなく、スープのベースは鶏がら醤油、そこにしいたけなどを一緒に煮詰めだしをとり、鶏肉のササミ、卵焼き、のりなどをしろ飯の上にのせ、スープをかけて食す。これがまた美味い」

 キンちゃんのご飯の説明を聞いているだけで僕の喉はなり始めた。

 それに呼応するかのように僕のお腹も悲鳴を上げる。

「じゃあ、それでお願いします」

「はいきた・それじゃあ、梓ちゃん。作るの手伝ってくれるかね?」

「わかりました」

 そういうとキンちゃんと梓ちゃんは立ち上がり、買い物へといく準備をする。

 流石に鶏がらのストックまではないみたいだ。

 さて、女の子だけに買い物に行かせるのもなんなので、僕も行こうと思い、手にしていた五百万を机の上に放り投げて、大事にしまっていた財布をポケットの中に入れる。

「っておおぉぉぉい!危ないな!僕!」

 すっかりお金のことよりも米に対する情熱が勝ってしまった。

 高校の頃から愛用している財布と五百万、比べたら明らかに五百万のほうが大切だろ。

「どうした?イブキ君。一人でノリツッコミをして」

 どうしたもこうしたも、今の状態ではこれを置いて外出する度胸なんて僕には全然ない。

「どうしたもこうしたも、どうしようかこれ」

「何を今更、たった五百万じゃないか?ほうっておけばいい」

「琴音さん、たった五百万って一般市民のお父さん方が怒りますよ」

 キンちゃんはどういう金銭感覚をしているのだろう。

 というか、僕はこのまま、このような状態を維持し、毎日を過ごさなければならないのか。

 ハッキリ言って冗談じゃない。

 更に心労が増えた気がする。

 僕はまた考え込む。

「イブキ君。そのままじゃあきりがないので私たちは買い物にいってくるよ。何、大した荷物ではないし、そんなに時間もかからない。イブキ君はそのお金の処理の仕方でも考えていてくれたまえ」

「・・・・・・ごめん」

 僕の一言を合図に、キンちゃんと梓ちゃんは買い物に出かけた。

 その間に僕はお金の処理方法をさぐる。

 姉さんに預けようかと思ったのだが、あの性格なのでどうなるか分からない。

 花中島に預かっておくように頼み込んだのだが、一発返事でNOであった。当然だ。僕でもその金額では拒否をする。学生にとっては責任が重過ぎる。

 僕のアパートの1階に住むコウ兄さんに預けようとしたのだが、預けた瞬間、お金に興味がないのか、テーブルの上に無造作に投げたので、そのお金の扱いっぷりに恐怖を覚え、やっぱり返してもらった。

 お金はないよりもあるほうがいい、なんかの詩か何かでそんなのを見たことがあるような気がするのだが、時と場所、または人によるものだと実感する。

 ハッキリいて恐怖の対象でしかなくなってきた。

 これは再度銀行に預けたほうが良いのではないかと、頭の隅をよぎる。

 しかし、そうするのも、明日の朝まで待たなければならないし、何より僕が五百万など持っていても平素の生活から、そのことに気が行ってしまい、毎日の過ごし方も変わってくるのではないかと思われる。

 ・・・・・・・・・・・・・お金なんて必要以上に持たないほうが良いのでは。

 僕はそう考えた。

 お金の処理の仕方に頭を悩ませていると、玄関のチャイムが鳴った。

 キンちゃん達が買い物に出かけて行って約二十分前後。

 早い帰りだなと思い、玄関まで行き、玄関のドアを開けた。

 しかし、そこにいたのでは我が家の住人、女性二人ではなく、珍客の男二人であった。

「おお、白黒コンビ!珍しい!どうしたの?」

 珍しいというか、僕の家に来たのは初めてだった。僕が所属する美術部員、白差刈幸多(しろさしがり こうた)君と黒武者幸生(くろむしゃ さちお)君であった。

「あ、お久しぶりです!イブキ先輩」

「ども、ご存知白黒です」

 先に喋ったのが白君、後半が黒君である。

 元々美術部員ではなかったのだが、とある事件がきっかけで、僕、花中島、木島になついてしまい、そのまま美術に入部してきた。基本的に白君、黒君の愛称で慕われている2名。たまに遊んだりするくらいで、このように僕に断りもいれず、遊びに来るのも珍しい。

「おお、来客かね?イブキ君」

 ほとんどタイミングを違えずして、買出し組み二人が帰ってきた。

「どうも、イブキさんの愛人をしています木島梓と申します」

「な、なに!それならばイブキ君の二号をしている清流院琴音といいます」

 どっちも本妻じゃねえじゃねえか!

「うお!」

「ほ、本当に同棲してる」

 突っ込むタイミングを逸してしまった。

 こんだけタイミングが近ければ気づかないはずがないとは思うが。

「たしか、白君、黒君だったかな?君たちは夕飯は食したのかね?」

 キンちゃんが白黒コンビに話しかける。

「いえ、飯はまだっすけど」

「別の用件があってきたんです」

 そう、白黒コンビが答える。

「それならば、ご飯でも食べながら話すといい」

 そういうと、キンちゃんと梓ちゃんは台所へそのまま向かった。

「・・・・・・・・・・・・まあ、そういうことなんで、白君、黒君、どうぞ中に」

 僕がそう言うと、二人は軽く返事をし、部屋の中に入ってきた。

 二人をテーブルに着かせる。

 僕は二人分の麦茶を用意し、一緒の席に座る。

 少々の沈黙。

 その沈黙、プレッシャーに負けたのか、白君黒君は同時に話をし始めた。

「すんません、イブキさん。こんな時間に」

「いや、別に良いけど」

「いきなり本題なんですけど、イブキさん、どうにもならないことがありまして、助けてください。ギャンブルで身を滅ぼしかけています。この白差刈の馬鹿なんですけどね」

「うう、すんません」

 また何か余計な争いごとを・・・・・・・・・・・・・・。

そして、二人はどえらいことを話し始めた。


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