25、新学期早朝


「イブキ君は今日の講義、何限からあるのかい?」

 時は十月を向かえ、そして今日から学校が始まる。

「今日は2限からだよ」

 僕は目玉焼きをほおばりながら答える。

「大学生ってゆっくりしてていいですね」

 梓ちゃんは三人分のお茶を入れながら一人ごちた。梓ちゃんは高校があるため、僕たちより早く家を出る。

「んまあそうなんだけどね。結局私たちも今の梓ちゃんみたいな高校生活を送っていたわけだから、梓ちゃんも私たちを羨むのではなく将来を楽しみにするべきだね」

「そうですね。そうします」

 二人が笑顔で会話をする。

 端から見ていたら花があっていい光景だ。カーテンを開けている窓から日が射し、朝の少し冷たい空気の中で美女二人が談笑をしている。僕がこの二人に関係していなければ、僕はこの風景を絵に描いていただろう。この空間に三角関係があると知らなければ。

「残念ながら私は1限から講義が入っているのだよ。イブキ君も予定を早めて一緒に家をでないか?それともご飯にする?お風呂にする?それとも私?」

「そんな会話の流れでそのセリフ使う人初めてみたよ。今後も出てきやしない。僕は用事があるから先に家をでるよ。部室で少し絵を描きたい」

 絵を描きたいというのは言い訳であった。少しでもいいから今日は一人の時間が欲しい。今後どうするかを考えるために。夏休みの間は部室にほとんどと言っていいほど人がいたので、僕は一人でいる時間が作れなかったのだ。

「そうか。それなら私も一緒に行こうかね」

「あ、もう家でるんですか?私もでます。学校はサボりますけど」

「いや、あの、ちょっと・・・・・・・・・・・・・えっと友達と待ち合わせしてるから、一人で行かせて欲しいな。あと梓ちゃん、平然とサボりを公言しないで。対処に困るから」

 また嘘をついた。少し心が傷つく。しかし今日だけは勘弁してくれ。今日だけはゆとりをくれ。あと梓ちゃんは学校へ行きなさい。

「お、そうか。すまない。それとサボる時は人に言わないものだぞ。梓ちゃん」

「あ、そうなんですか。ごめんなさい」

 二人ともがっかりした顔をする。

「それじゃあ私は行きますね」

 梓ちゃんは僕とキンちゃんの前にお茶を置いて、自分の分のお茶を一気に飲み干して横に置いてあった鞄を持った。

 器用に片手で食べ終わった茶碗を持ち上げ、そして流しに持っていく。

「琴音さん。洗い物お願いします」

「ラジャった!」

 家事の分担も完璧。端から見ていればまるで姉妹だ。コンビプレーも完璧。

 僕も急いでご飯を食べ終わり、ベッドの下に片付けてある画材入れを取った。

 茶碗を洗おうと僕も続いて台所の流しに茶碗を持って行き、荷物は床に置き、茶碗を洗おうとした。

「いやいや、イブキ君。それは私の仕事だ。仕事とは生きがいだ。君は私から生きがいを奪うつもりかね?」

「あ、ごめん」

 僕はそのまま茶碗をおいた。仕事を生きがいと言ってのけるその器は素晴らしいと思う。しかし食器洗いを生きがいと言い切る人は信用できない。それは限りなく嘘だ。

「ほら、君は用事があるんだろ?急いでいるなら早く行ったほうがいい。仕事はできる人がやるべきなんだから」

 それならばこの家に住み始めた一時期の怠惰さはなんだったのかと問いたくなったのだが、それは止めておいた。今の僕には負い目がある。自分の行為を棚に上げて人を怒ることなど僕には出来ない。

「ありがとう。それじゃあ僕は先に行っとくね。戸締りよろしく」

「もちろんだとも」

 キンちゃんは笑顔でそう言った。

「それじゃあ行ってきます」

「私も行ってきます」

 梓ちゃんも一緒に部屋を出て行く。

「いってらっしゃい」

 キンちゃんの笑顔で送り出された。

 梓ちゃんを先に出し、そして僕も家から出た。

 カツンカツンと軽い足音で二人とも出て行く。

「イブキさんは今日は今日学校は何時までなんですか?」

「夕方の六時前くらいだけど」

「そうですか。高校よりも遅いですね」

「日によって違うけど、僕は基本的に遅く帰るように時間を組んでるよ」

「そうですか。あ、それではまた」

 そういうと梓ちゃんは走って学校へと向かった。

 僕は自転車の鍵を鍵をはずして学校へと向かった。

 絵を描くなんて言って出てきたが、僕は部室のソファーで横になっていた。

 そして今後どうするか考える。

 ハッキリ言って僕には今の状況を楽しめるほどの器はない。木島辺りが涙を流しながら羨ましいなどと言っていたが、それはあいつがアホだからだ。代われるものなら代わりたい。それが正直な感想だ。

 今後の選択しを考える。

 一、二人に別れてくれと頼む。

 二、どちらか片方だけと付き合う。

 三、現状を楽しむ。

 四、逃げる。

 瞬時に考え付いたのはこの四つだった。正直1を選びたい。しかし、あのような酔っている場だったとは言え、現状を作ってしまった僕に責任はある。そして毎日楽しそうな二人を見ている僕にはその言葉はなかなか言えないものだ。しかしあえてそれを言うことも僕の責任のような気がする。だけども二人は現状については全然嫌がっていない。むしろ今の三人生活を楽しんでいる。これは僕が苦しんでいるだけのことなのだ。自分が苦しんでいるだけなのに、現状を作った僕が今更それを壊すことは出来ない。同様の意味で、1と2は消さないといけなくなる。

 次に3。二人の反応を見る限りでは、僕にはこれを選ぶしかないような気がする。しかし、二人には悪いが、僕の心が持たない。耐えられない。今のままだと一ヶ月持たないと思う。よってこれも無理。

 最も楽なのが4。今すぐにでも行動できるのがこれである。しかし、これこそ最も最低な行為だと思う。周りに迷惑かけるし。

 ・・・・・・・・・・・・・・・正直八方塞。

 どうする、どうするよ?せめて今の同棲生活だけは止めたい。しかし僕には引っ越すほどのお金もないわけだ。二人に出て行けともいえないし。

 ソファーで頭を抱えながらゴロゴロしていたら、部室の扉が開いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・おいっす」

「花中島か。おはよう」

 咥え煙草をしながら、片手には缶コーヒー。ダメージジーンズにタンクトップと、どこかのCMに出れそうな格好でやってきた。絵になっている。

「おはよう。・・・・・・・・・・・朝からなにやってんだ?」

「考え事」

「考え事。あれか?二人の事か?」

「そう、その通り。さすが花中島。何も言わなくても分かる」

 そこから僕の相談が始まった。花中島は聞き上手。人を馬鹿にして笑うこともない。男気のある男だ。僕のことについて真剣に考えてくれる。

「つまり、今の生活から脱却したいということだな?」

「そうそう。マジ限界。風呂もトイレも、全ての行為に神経を使う。男同士なら気にしないことでも、女性だと駄目だ。気が滅入る。しかも三角関係の3人で生活」

「マジ限界・・・・・・・・・・・・そうか。・・・・・・・・・・・・・・・本当にどうしようも出来ない状況なのか?」

「うん。八方塞。正直どうしていいか分からない。せめて3人暮らしだけでもどうにかならないものかと。正直な話、このままだと誰かがボケてもツッコミを入れる余裕がない」

「ツッコ・・・・・・・・・・・お前にとっては死活問題だな」

「え・・・・・・・・・・・・・・・・・僕ってそこで生き死にしてるの?」

「うん」

「へ、へえ。そうなんだ」

 花中島が僕の言葉を繰り返すことなく、速攻で返事を返した。本気の本気だ。

 僕の存在意義はここにあった。

 ・・・・・・・・・・・・・全然うれしくねえ。

 僕は先ほど考えていた選択肢も全て話した。そして例の飲み会からの日々の生活も。

 正直僕にはこれ以上何をしていいか分からなかった。

 花中島は僕にコーヒーを渡した。

 僕はお礼を言いながらそれをあおる。

 部屋の中に散っていく煙草の煙が、時間の流れの遅さを教えてくれる。

 互いに無言の時間が過ぎていく。

 時計の針だけが音を出す。

 花中島の3本目の煙草が燃え尽きた頃だった。

「八方塞、・・・・・・・・・・・・・・3人暮らしの方はいい裏技があるけどな」

 唐突に花中島が言葉を発した。

「え」

 裏技?なんだそりゃ?

「えって。まあ、正直最終手段だが、今のイブキの精神的な窮地をかなり軽減できる裏技。尚且つ、俺も少し嬉しい裏技だ。正直良い機会」

「なになに?どうするの?僕は何をすればいい?」

「何をすればいい?いいよ。何もしなくて。上手くいけば明後日までには出来ることだ。後は全部俺がやる。お前は明後日まで我慢しろ」

「え、なに?僕は何もやらなくていいの?何か悪い」

「何か悪い。いや、良い機会だった。ちょうどいい。しかし、お前が一人暮らししていた時ほどの気ままさには戻れないがいいか?」

「大丈夫、今を脱却できるなら」

「今を脱却できるなら。そうか。それならいい。兎に角3人暮らしも、俺が今からすることも気にする必要ない。明後日には終わることだから。人間関係の方は自分でどうにかしろよ。俺にはどうしようもないから」

 そういうと花中島は四本目の煙草に火を点けた。

 僕の心は花中島の言葉でかなり軽くなっていた。




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