二兎を追うもの一兎をも得ずというが、両方とも手に入れられる場合はある。それはある。確実に。格言というのはありがたいお言葉で、日常生活に反映し、そしてそれを続けることによって確実に道を開いていくという類のものだ。しかしながら非日常には反映されない。二兎を得るチャンスがあればそれは勿論両方ともゲッツすべきだ。わざわざ目の前に二兎がいて両方とも食ってくださいといっている。それをわざわざ一兎を追わないとウサギはもらえないと自分勝手によがって一兎を辞退するのは愚の骨頂だと言える。格言に従うことだけが正しいわけではない。自分で考えろ。ただの規律に従いそれにただ沿って行動するのは怠けるということだ。時には何がその時の行動で最善なのか、先人達の考えだけをなぞるのではなくて自分で考えて行動することが、この世界で生きる幸福に繋がる。俺はそう思う。しかしイブキは死ね。
by木島。
ブツリブツリと草を抜く。九月も半ばを過ぎ、草たちの成長速度も安定してきたとは言え、庭には大量の草が生えている。
草って抜いたら地球温暖化に繋がるんじゃないのかな?と思いつつも、傍目から見たらあまりにも見苦しいので草を抜いていく。
ブツリブツリ。除草剤でもまけばいいのに。
「何かすまんな。コーラとアイス買ってきたぞ」
「いや、いいです。部屋に帰りたくないですから」
コウ兄さんが僕に差し入れを持ってきてくれた。プルタブを引き上げて喉に流し込む。喉が焼け付くが、同時に爽快感も押し寄せてくる。コカコーラえらい。
「しかし、お前の部屋もにぎやかになったもんだねえ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・そうですね」
僕は二階にある自分の部屋を見上げる。
女の子二人分の声と、そして昼食の匂いが窓から漏れてくる。
「んまあ、俺が知らない間に色々とあったものだな」
「僕が知らない間でもあるんですよ。・・・・・・・・・・・・・コウ兄さん。家主の権限で、あの二人を追い出すとか」
「さあ?出来ないことはないんだろうけどさ、それやったら俺とお前最低な男だよな。お前の姉ちゃんからあの二人がお前と付き合うようになった経緯聞いてるし」
「ああ!付き合ってるとかいわないで!」
「いや、言わないでどうする」
「コウ兄さん・・・・・・・・・・・・・・・・・どうにかならないですかね?」
「どうにかしろよ」
僕はため息をつきながらアイスに噛り付いた。ひんやりと冷たい。コーラを飲んでいたせいか甘さはそこまで感じない。
二階の僕の部屋からカチャカチャと食器を準備している音が聞こえる。
ああ、またあの部屋に戻らないといけないのか。
「イブキ君。ご飯できたよ」
二階の窓から顔を出し僕を呼ぶキンちゃん。
「・・・・・・・・・・・コウ兄さんも一緒に食べませんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、遠慮しとくわ」
僕はまた一人であの部屋に戻らないといけないのか。
一人部屋だったのがこの二ヶ月で三人部屋になってしまった。ルームシェアってレベルじゃない。確かにお金はもらっているけども、僕には「乗っ取り」「押しかけ」この二つとしか思えない。
庭にある蛇口から水を出し手を洗う。出来るだけ丁寧に、時間をかけてゆっくりと。
時間よとまれ。本当に止まれ。
・・・・・・・・・・・・・止まらない。
蛇口からは関係なく水が流れていく。
まあそうだよな。止まるわけがない。
少し汚れたシャツで手をゴシゴシと拭く。汚いと言われてもどうでもいい。
そして自分の部屋がある二階へと、階段をゆっくりと上って歩いていく。
気分はさながら十三階段。死刑囚の気分に近い。
「お、イブキ君。お帰り」
「イブキさん。今日は冷や素麺です」
十月に近い九月。未だに冷やソーメンが通用する気候がありがたい。今の僕は食欲があまりない。毎日がストレスフル。
僕を二人で挟む形で玄関を上がり、そして食卓につく。上座に僕。そして両脇に二人の女性。僕の両親が見たらきっと発狂する。そして今の僕の人間関係を聞いたら僕は死んでしまうかもしれない。
「あ、イブキ君。つゆにシーチキンいれないかい?」
「え、琴音さんはツナ入れるんですか?珍しいですね。イブキさん。生姜もおいしいですよ?」
「いや、我が家は代々シーチキンを入れるのだよ。食べてみ」
「あ、意外とおいしいですね。つゆ上の油膜が気になりますけど」
僕をよそに、和気藹々という言葉が当てはまる二人が互いにソーメンを食べさせあっている。この二人は僕と付き合っているのではなくて、この二人が付き合っているのではないか?そうだ、きっとそうだ。僕がそんな非倫理的な行動をとっているはずはない。この二人はただ単に僕の家に居候しているだけだ。
「はい、イブキ君」
「はい、イブキさん」
僕の現実逃避をよそに、二人の手から同時に箸が差し出される。その両方にソーメンが垂れ下がっている。
どっちを取るということなく、僕は両方の箸を引き寄せ、その両方を口に入れた。味が混ざってどっちがおいしいかはよく分からなかった。
姉さん曰く、僕は昔から人を選ばない性格だったらしい。友人の性癖もバラバラ。不良、オタク、スポーツマン、文学青年、学者気質、電波、天才、アホ。その他諸々。姉さんに言われて気づいたが、僕の友人と呼べる人たちは確かに色々な人がいた。高校に上がってからは更に年代もばらつきが出てきた。上はお年寄りから下は幼稚園まで。知り合いではなく、僕は色々な友達がいる。大学に入ってからは住居も変え、大学周辺に住む同世代の友人たちと遊ぶことが多くなったが、今でも実家に帰ってはその人たちと話をしたり、遊んだり酒を飲んだりしている。
そして今回その性格が災いしてか、三人で同棲することになってしまった。姉さんは笑っていたが僕は笑顔の「え」も出てこなかった。
十月が目前に近づいてきている。梓ちゃんは高校生なので学校は始まっている。そしてこの家から通っている。木島家の両親は何も言わないのだろうか?三人とはいえ男がいる部屋で生活しているのだ。僕が怒られても仕方ないのに、木島家からの攻撃は一切ない。まあ僕も下手に騒動に巻き込まれたくないから、自分から聞くことなどはしないのだが。そしてキンちゃん。キンちゃんが住み始めて約一ヶ月が経過しようとしている。そちらの家からも何も攻撃は来ない。こっちも何も聞いていない。
正直家にいたら自分の不道徳さで、ストレスが溜まりっぱなしだ。
女性二人は全く気にせずにのびのびと生活をしている。僕の生活スペースは以前の三分の一。絵を描くスペースも昔と比べてかなり少なくなった。二人が気を利かせて僕が絵を描くときは、できる限りのスペースをとるようにしてくれているがそれでも部屋は狭い。実際は狭いということはないのだが、精神的スペースが狭い。
僕はこれほど学校が始まるのが待ち遠しい時はなかった。後数日、そしたら少なくとも日中は学校にいる。自分の今の状況に悩むことも少しはなくなるだろう。家には夕方以降帰り、そしてご飯を食べて風呂に入って寝るだけだ。今のこの状況を打開するためにはよく考えることが出来る精神的余裕が必要だ。精神的余裕、それは学校の中で作る。大勢の人ごみは、個人をゴミくずとして扱ってくれる。ありがたい。そして学校でどうするべきかよく考えよう。
僕はそう決めた。