ひとしきり笑った。それはもう盛大に。
胸の部分を女性のようにタオルで隠しながらオイオイと泣く木島。正直海でそのスタイルはないだろうと思う。
「・・・・・・・・・・・・・何故俺がこんな目に」
「無責任だからだろう」
正直に答える。妹を放り出したお前が悪い。
木島が陸に上がり、女性二人は未だに楽しそうに泳いでいる。それはもう遠泳としか言いようがない。
よく体力が持つものだ。僕だったらとっくに足がつっている。
木島は海に行く気力がないみたいで、海を眺めながらボーっとし始めた。遠いところを見ている。
「そういや、お前、今日何で来たの?」
唐突に話しかける木島。
「僕は電車とバスだな」
「帰り送っていこうか?」
「いいのか?」
電車とバス代が浮く!
「いいよ。お前ら二人きりにして幸せは噛み締めさせない」
「とことんクソだな」
別にそこに幸せはないのだが、一応答えておく。僕にとってはラッキーなことだ。
そこで会話は途切れる。
ぬるい風が僕たちの間を吹き抜けるが、それはあまり嫌なものではない。元々それは嫌うべきものではないはずで、風流として感じ取るべきものだ。
「いいなあ。夏って」
僕が話しかける。
「まあ終わりかけだけどな」
「終わりかけでも夏は夏だろう。今日暑いし」
「確かに夏は夏だな。終わりかけだけど」
しつこいやつだった。
「まあ、こうやって女の子見ながらパラソルの下で涼むってのも良い感じだな」
「僕は家族連れでもそう思うけど、お前の感情は否定しないよ」
確かに女の子が遊んでいる姿を見るのも乙なものだった。
「確かにいい感じだな」
僕が共感する。
「だろ?チョーミヤビ」
雅に超をつけるやつを初めてみたよ。しかしこいつの感性は嫌いではない。僕の中ではマイブームになりそうだ。
その後互いに夏休みになって何をしていたのかだの、単位はどうだっただの互いに自分の身の回りの事を話し始めた。なんだかんだ言って友人だ。話をしていて苦痛はない。どっちかというと楽しい。
話を始めて二十分くらい経ったと思う。互いに話にのめり込んでいて、キンちゃんと梓ちゃんから目を離していた。それが不味かったのか。それともしょうがなかったのか、
「あれ?二人どこ行った?」
木島の一言で僕も異変に気づいた。
僕も咄嗟に海の方向に目を向けるが、さっきまで浅瀬で遊んでいた二人の姿はなかった。
「本当にいない」
思わず僕も口走る。
二人で顔を見合わせた後、嫌な予感がよぎる。
「・・・・・・・・・・まさかな」
「・・・・・・・・・・まさかね」
二人とも立ち上がり、先ほどまで二人が泳いでいた方向へと歩いていく。
浅瀬にはいない。
二人が泳いでいた場所を基点にして、左右に散らばって探す。泳ぐのに飽きて海の家に行っているのならよし。何か用事があって、海から上がっているのならよし。
沖の方を注意しながら見て回る。
僕が歩いた方角には見当たらない。人がまばらになる場所まで歩いたのだが、二人の姿は見えなかった。走って木島が歩いて行った方角に行く。
木島は元の場所に戻ってきてはいない。そのまま走る。
「イブキ!イブキ!」
そこまで遠い場所にはいなかった。木島が手を振りながら僕を呼ぶ。
「いたか!」
「俺の乳首が」
「それはさっきやっただろう!」
いかん。錯乱しているみたいだ。沖の方角を見ると予想通り、二人とも流されていた。足の届かない深い場所へと。
僕はキンちゃん達に手を振る。
キンちゃんは手を×にして僕に何かを訴える。
恐らく自力帰還は無理ということだろう。
梓ちゃんは体力がつきかけているのか、ほとんど顔が見えないくらいに海に埋まっている。キンちゃんも既に体力はつきかけているみたいで、時々顔が見えなくなる。
「木島!行くぞ!」
「え?あ?む、無理だ!」
「何故だ!」
「俺泳げねえもん!」
「なぁ!」
ここで明かされる驚愕の事実。というか、梓ちゃんが泳げなくて当然だ。こいつ格好つけるためだけに、気合だの魂の燃焼だの言ってたな。
「だったらお前は誰か呼んで来い!ライフセーバーやら何やら」
「わ、わかった!」
木島は海とは反対側に走り出した。
僕はそれを眺めている時間はない。
「ちょっとすいません。人命救助なのでこの浮き輪借ります」
近くにいた家族連れが浮き輪を持っていたので拝借する。正直家族連れのコメントを聞いている暇が無かった。了承を得る前に引ったくり、海へと入る。
距離感がよく分からないが、一キロ以上、下手すれば二キロになりそうな距離だ。正直僕も泳ぎきる自信はない。しかしそんなことも言ってられない。
僕は出来るだけ体力を使わないように、浮き輪を使って所々休みながら二人に向かっていく。二人は徐々に海面から顔を見せる時間が短くなっていく。互いにパニックになり、お互いを引きずり込むようにしていないのはさすがキンちゃんというところか。
僕が二人のところへ着いたときはキンちゃんは梓ちゃんを抱えて浮いていた。
「・・・・・・・・・・・い・・・・・・・・・・・・じぬ」
それでも根性で浮いていた。
僕はキンちゃんに浮き輪を貸して、温存していた体力を全開で使い、二人を引っ張っていく。少々水が口に入るが気にしている暇は無かった。僕はキンちゃんを励ましながら泳ぐ。
浅瀬に着き、僕の足が地面につき始めたころ、急に浮きわが軽くなる。
キンちゃんも足が着いたのかと思い、後ろを振り返ると、そこには誰もいなかった。
沈んでいる姿が分かる。体力の限界を超えたみたいだ。
僕は浮き輪を放り投げ、海にもぐる。正直肺は既に限界を迎えていたが、足がつくほどの浅さなので、簡単に救い出す。そして二人を引っ張りながらとうとう砂浜へと到着する。
僕は息を荒げながら陸に立つ。息を整える前に二人の呼吸を確認する。
二人とも息をしていない。
次に心臓の鼓動を確認する。
微弱だが、心臓は動いているみたいだ。若干梓ちゃんの方が弱っている。
「イブキ!つ、連れてきたぞ!」
「遅いけどナイスだ!」
後ろから木島に声をかけられて振り返る。
人工呼吸が必要だと思う。同時に出来るのはありがたい。
しかし、木島は誰も連れてきてはいなかった。
手にはピカピカと光る棒を持っている。
「ほら!こ、これ何に使うんだ!」
「それはライトセーバーだろうが!チクショウ!こんなところよくあったな!」
いらん時にくだらんボケをかます木島。正直この時にそれは無いと思った。本当にパニックなのだと信じたい。
「ああ!もういい!木島!キンちゃんに人工呼吸しろ!いいか?じ・ん・こ・う・こ・きゅ・うだぞ?言い換えればマウストゥーマウスだ!ボケはいらねえぞ!聞き間違いもゆるさねえ!」
「う、し、したことねえぞ」
「やれ、自分で考えて!僕もしたこと無いよ!」
僕も知識はほとんどない。
周りには人がまばらに集まってきているが誰も助けようとしない。
「だれか!人工呼吸できる人はいませんか!」
みんな無反応だった。無反応というよりは本当にみんな経験が無いみたいだ。
「くそ!」
梓ちゃんの口元に耳を当てる。やはり呼吸はしてない。
続いて胸に耳を当てるが、さっきよりも鼓動が弱くなっている。止まりかけと言ってもいいかもしれない。
木島はオタオタしている。
ええっと、気道確保、次に息を送り、心臓の音を聞く。でよかったんだっけ?くそ、保健体育ちゃんと受けておけばよかった。
思い出せる限りの知識を総動員して、人命救助に当たる。
しばらく、僕のぎこちない人工呼吸が続く。
「・・・・・・・・・が、・・・・・・・・ゴボ」
梓ちゃんの口から軽く水が出てきた。
その後、息を吹き返す。
弱弱しい呼吸ではあるが、確実に息をしている。
「木島!梓ちゃん・・・・・・・・・」
を頼む。と言おうとした。オタオタしていたらキンちゃんが間に合わなくなってしまうかもしれない。
しかし木島はぶっ倒れていた。
あれ?なんで?
意味が分からない。
周りの人たちに何があったのか目線を送ったが、みんな首を振っている。その目は恐怖の色に染まっているように見えた。
意味が分からない。
「おい!木島!」
鼻血を出しながら倒れている木島。片側の頬が何故か赤い。
一応息をしているか確認する。
している。どうやら気絶しているみたいだ。キンちゃんに口付けをしようとして興奮で倒れたか?
息をしているから放っておく。原因究明は後回しだ。
横になっているキンちゃんの横に座りこみ、呼吸の確認をする。
呼吸はしていない。
胸に耳を当てて鼓動を確認する。
・・・・・・・・・・・・・?あれ?
ドンドコドンドコと跳ね回るような元気さで、心臓は脈を打っている。
僕は疑問に思い、キンちゃんの顔を思わず見た。
目が薄く開けられていた。僕と視線があい、目を閉じる。
ま、まさか。
「清流院さーん」
僕は耳元で囁いてみた。
無反応。
耳に息を吹きかけてみた。
「おおう!」
キンちゃんは跳ね起きた。
僕はその場にへたり込む。よかった。二人とも生きてて本当によかった。
「イブキ君、私に人工呼吸は?」
キンちゃんはバツが悪そうに僕から目を逸らしながら話しかける。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねえよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・まあいいや。二人とも無事で本当によかった。
「いや、最後の最後で力つきたのは本当なのだよ。しかし、目が覚めたら木島君の顔がどアップであったから思わず殴ってしまってね」
気絶したまま起きない木島は、僕がおんぶして車に積み込んだ。人命救助の手際が悪かったが、正直お気の毒様としか言いようが無い。木島の手には未だにライトセーバーが握り締められている。手から取ろうとしたのだが放さない。そもそもどっから持ってきたのかが分からない。
「それで、その後イブキ君が一生懸命梓ちゃんに人工呼吸をしている姿を見つけてね、『ああ、ここで邪魔をしたら悪いな』と思って、そのまま横になっていたのだよ」
「ごめんなさい。迷惑をかけてしまいました」
「いや、梓ちゃんはいいんだけどね」
梓ちゃんは申し訳なさそうに僕のシャツを握りながら、謝った。人命救助をしてから妙に僕になついている気がする。まあ、命を助けたんだしそんなものなのかもしれないが。
「そ、そしてね、梓ちゃんが息を吹き返して、私もすごく安心したのだよ。そしたらイブキ君がすぐに私のところに来るではないか。私は起きるタイミングを見失って、息が止まっているふりをしなければならないのではないか、下心では人工呼吸をしてくれるのではないかと思ってしまってね」
「ああ、そうなの」
悪ふざけも大概に。正直僕は怒っていた。下心ってなんだよ。
あのふざけ方は洒落にならない。やってはいけない種類のふざけ方だ。
しかも木島を殴っている。仮にも命を助けようとした相手にだ。
説教だ。これは説教が必要だ。
「なんだよ。僕にキスでもしてもらいたかったのか?」
僕は思わず皮肉って聞いてしまった。
「ああ、その通りだ」
皮肉に負けず速攻で返すキンちゃん。この期に及んでふざけている。
木島が気絶したまま起きていない。少し日も傾いてきたので帰るということになったのだが、木島はおきないから運転が出来ず、キンちゃんが運転するということになった。僕は元々車の免許を持っていない。梓ちゃんもしかり。運転席にキンちゃん、助手席に梓ちゃん。後ろに僕と木島という風に座っている。
その中での会話だった。
僕はいっそう機嫌が悪くなる。しかし、梓ちゃんがいるので僕は最大限に怒ることは出来なかった。大人が子供の前で喧嘩をしてはいけない。
「いいや、僕は寝るよ」
僕はそう言った。家に帰ってからたっぷりと話し合ってやる。
キンちゃんはラジオをつけた。
ラジオのMCが軽快に喋り、軽く笑っているが、車内の雰囲気は悪いままだった。