32、あの日の思い出の行方

 場所は自宅・・・・・・・・・・・・ではなく、僕の知らない家。初めて来た御家。豪邸。あるんだこんな家。

 その家の居間?リビング?応接間?なんていえばいいのか分からないが、そのような人をもてなすために作られた場所に僕は通される。六畳一間に住んでいる僕にとっては二つ以上の部屋がある場合は何ていえばいいかわからない。

 テーブル?がありチェアー?に座る。

 そして僕の横にはキンちゃん。憮然とした態度で、不機嫌そうにふてくされている。

「・・・・・・・・・とうとうばれてしまったか」

「え?何がですか?僕とのせ、生活のことですか?それとも、この御家のことですか?」

「なんて喋り方するんだいイブキ君」

 そりゃするわ。借りてきた猫だわ。よそ様の御家に来ていつもどおり振舞えるほどの器量は僕にない。それに

「き、キンちゃんの御家ってこんな、なんて言えばいいの?立派っていうか豪邸っていうか」

「まあ、豪邸だね。確かに立派でもある。女の子の友達を連れてきた時は毎回『漫画みたい』やら『お嬢様だったんだ』やら言われるけど。私にとってはあんまりつつかれたくないことなわけでね。イブキ君もそうしてもらえると助かる。お嬢様って言葉を投げかけられると居心地が悪い。私は君たちとなんら変わんないよと声を大にして言いたい」

「いや、お嬢様であることを抜きにしてキンちゃんは皆と変わってるから」

「そ、そこはどうでもいいだろう」

 キンちゃんは僕に言い返した。どうやらいつもの調子が出ないみたいだ。いつものキンちゃんなら軽くノリツッコミぐらいやってのけるはずだ。

「しかしキンちゃんのお父さん初めて見たよ」

「というか、イブキ君の姉さんが私の父さんの秘書だったなんて」

 今回一番驚いたのはキンちゃんだということだった。

「イブ、・・・・・・・・・飛沫君。琴音。場所を変えて話さないかね?この家はこの人数ではちょっと狭く、人口密度、季節、熱気的にエアコンが役にたたない」と言い、僕を今いる家に誘ったのは、キンちゃんのお父さんであり、そして僕の姉さんの上司である清流院さんであった。下の名前は聞いていないので苗字で呼ぶしかない。

 そして僕とキンちゃん、梓ちゃんに木島、そして姉さんと清流院さん。その六名で移動することになった。僕と梓ちゃんは何処に向かっているかも分からず、しかしながら、木島、姉さん、キンちゃん、先導する清流院さん、この四名は方角、距離的にどこにむかっているのかわかっているようで、落ち着いたものだった。

 そしていまにいたる。今は居間。なんつって。

「すんげーつまらないよ。イブキ君」

「そんな時もある」

 というか僕だって気が動転している。というか、そもそも僕は普段から大して面白くない。というか僕は普通にボケたことないだろう。というか僕は基本的にツッコミだ。

「イ、・・・・・・飛沫君。お茶の味はどうだい?」

 キンちゃんのパパが僕に問いかける。

 お、お茶の味?

 そう。僕の目の前には紅茶が出されている。何か聞いたことないあっさんだかはっさんだかそんな名前の芳醇な香りがする紅茶が出されている。ミルクを含め。

 わかんねえよ。どうせキンちゃん達との生活を始める前は水道水直接飲んでたよ。エビアン買って飲む奴の気が知れない。絶対あいつらはその自分がクールでクールなお金を出して飲む水を飲んでいる姿に酔っているんだろう。いまはランクアップして、麦茶かお茶が冷蔵庫に入っている。

 しかし、そのような言葉を返すわけにはいかないだろう。初めて恋人ができて、カレーを作ってもらい、その感想を聞かれているのに「え、カレーなんて舌に合うルー次第でしょ?」なんて言えない。そんな感じ。

 だけど僕の貧相舌がデリケートな味を表現できるわけもなく、口から出た言葉は

「け、結構なお手前で」

 隣で同じ紅茶を飲んでいたキンちゃんはそれを噴出した。笑え。笑うがいい。僕もおかしいと思うから。

「そ、そうか」

 ちなみに清流院さんは苦笑い。他多数はこらえている。そのような状況。ちなみに梓ちゃんは上品に丁寧に紅茶を飲んでいる。僕は全体的に挙動不審になるだけだというのに。

 場は沈黙をたもっているというわけではなく、各人がペアを組んで談笑をしているという形だ。正直予想外。僕の同棲生活についてキツイ言及を予想していたのだが。

「まあ、うちのパパンには同棲するって言ってたから」

「え?そうなの?」

 意外と常識のあるキンちゃんだと思った。

「止められたからぶん殴って行き先も告げずに出て行ったけど」

「ああ、そうなの」

 意外とバイオレンスなキンちゃんだと思った。

「と、ところで飛沫君」

 キンちゃんパパが僕に話しかける。

「琴音が同棲している相手というのは本当に君なのかい?」

「す、すいません。お父さんからの了承も取らないで」

 僕は平謝りに徹する。というか平謝りしかない。

 詳細な話をすると、同棲しているのは僕だけではなく、梓ちゃんもいる。無理を言えばルームシェアで通る話ではある。しかしながら僕たちは付き合っている。それを言えばルームシェアでは片付けることができない。

 というか、ルームシェアって平たく言えば同棲だな。言い訳の仕様がない。

「お、おとうさんだって?」

 僕の肯定の返事を聞き、清流院さんは目を閉じ、そして震えだした。

 まずった。思わずお父さんって言ってしまった。

 そして清流院さんの目頭から、一筋の・・・・・・・・・・・・・・涙が。

 僕はその瞬間殴られることを覚悟した。

 僕の予想通り、机を迂回し、僕のところへと一直線で歩み寄ってくる。

 ああ、終わった。いや、終わってない。何が終わっただ。僕の勝手な考えで終わらせるな。

 ここは僕がしっかりとしておくべき時なんじゃないか?キンちゃんは仮にも女だ。・・・・・・・・いや、女だよ?

 そして僕は間違うことなき男だ。ここで僕がなよってどうする。

 背筋をはれ。

 罵倒を受けろ。

 全てを許容できる心を持て。

 僕は決心を固め、そして清流院さんは僕の方へと向かってやってくる

 そして僕の目の前でとまり、方向を変え、・・・・・・・・・・・キンちゃんの両肩を抱きしめた。

「よくやった!琴音」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?

「あーはいはい。別にお父さんのために付き合ってるわけではないのだよ。ここはよくやったというよりも、幸運だったですませるべきところだと思う。飛沫君だったから付き合ってるわけじゃなくて、惚れたのがたまたまイブキ君だっただけなのだよ」

 お、親の前で惚れたとか言うな!

「ラッキーだったな琴音!」

「五十ちかいおっさんがラッキー言わない」

「ハッピーなのか琴音!」

「うん」

「飛沫君!」

 キンちゃんのお父さんが僕に声を張り上げる。

 お、怒られる!

「は、はい」

「良くぞ、良くぞよくぞよくぞよくぞよくぞよくぞ琴音を選んでくれた!」

「え、あ、はい」

 ど、どうなってる。

 ここは、「う、うちの娘を傷物にしやがって!この駄馬が!」「サ、サイアッセン」「なにがサイアッセンだ!若者言葉を使いやがって!」「すいません」「謝って、あのまっさらな琴音が返ってくるのか!」「すいません!」「殺す!わしゃあおまんを殺しちゃるきに」「こ、殺さないで!(へたれ)」という流れを予想していたのだが。

「ど、どういうことですか琴音さん」

 僕がキンちゃんに尋ねる。

「あー、うーん。ねー」

 キンちゃんは口ごもる。なんだ?

 そしてしばらく考え、申し訳なさそうに呟いた。

「うちの父さん、君のファンなんだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぁ?」

 思わず音階がでた。

「ぼ、僕のファン?何?苦学生とか好きなの?貧乏料理とか」

「違う違う」

「なに?僕にファンになるファクターなんか備え付けられてないよ?やってることは学校と自宅の往復だよ?野球してないしサッカーなんかしてない。ましてやハンカチなんか使ったことないし、ハニカミもできない」

「いや、ハンカチは使おうよ」

「それは断る」

 僕は断然タオル派だ。水の吸い込みがいい。

「まあ、あれだよ。詳しく言うと君の絵のファンだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

「君の絵のファン」

「あんだって?」

「ふぁ」

 音階がでた。

 何故だ?どこにそんな機会がある?

 僕は自分の描いた絵をどっかの賞や展覧会に出したことなど一回もない。学内で行われる展示会などには出したことはあるのだが。そこか?しかしなぜ僕の絵?

「あれか?学祭の展示会とかで僕の絵を見たとか?」

「いや、そういうわけじゃなくて」

 じゃあどういうわけなんだろう。

 しかし、僕の絵のファン?「お、こいついい味出してるな」って感じなのか?それくらいの理由で娘の同性相手、恋人として認めるには弱すぎやしないか?

 キンちゃんは頭を少し掻きながら、考え込んだ。

 僕は返事を待つ。

「あー、直接身をもって体験してもらったほうが早いか」

 キンちゃんはため息をつきながら、僕に向かってそういった。

 身をもって体験?

 想像がつかない。

「父さん。あの部屋のかぎ貸して」

「あ、ああ。あの部屋を?」

「そう」

 キンちゃんは清流院さんから鍵を譲り受けた。

「な、なんの部屋?」

「行けば分かるよ。紅茶飲み終わってから行こうか」

 そういうとキンちゃんは席についてお茶の続きをはじめた。

 僕もそれに習って、続きを飲む。

 な、何の部屋だ?身をもって体験、あの部屋、行けば分かる。この三つを掛け合わせると答えは、僕のファンという答え。・・・・・・・・・・・・・・・・・・これで合ってるのか?Xが抜けている気がする。いや、抜けている。Xイコール僕が納得する風景ということか。もしくは、もしくは、そこで僕を無理やり納得させるための何かがあるのか。

 きんちゃんのため息、考え込んだ姿。

 なんだ、何がある?

 僕は緊張の連続で喉が渇いてしまい、一気に紅茶を飲み干す。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕ってプレッシャーに弱いよな。

「それじゃあ行こうか」

 キンちゃんが立ち上がり、僕を促す。

 僕は頷いて後に続く。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そこは自分たちが話をしていた部屋から歩いて一分くらいの別の部屋であった。

「心せよ。イブキ君」

「な、なにに?」

 キンちゃんは申し訳なさそうな顔をしながら鍵を鍵穴に差し込んだ。

 鈍い音がして開錠された音が響く。

「最初から言っておけばよかったな」

 そして扉は開かれた。

 目の前は広い空間。白い壁。アンティークっぽいインテリアがお洒落な感じにバランスよく配置されている。

 な、なんだ。何もないじゃ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 何もない。そう思ったのは十秒くらいのものであった。

 僕は白い壁を凝視する。

 そこには、そこにはそこには!

「ああああああああぁぁあっぁあぁぁぁ!なんで!何でこんなところに!」

「・・・・・・・・・・・申し訳ない」

 そこには僕の昔の絵が額縁に入れられ丁寧に飾られていた。

 何で?姉さんがパクッていった絵がこんなところに。

 僕の顔は青くなり、そして青くなる。

 は、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

 だって、そうだろう。

 前にも言ったとおり、僕の絵は絵日記のようなものだ。もう日記だ。

 それが誰かに見られるように、壁に飾られている。

 こ、これはいじめだ。

 立派ないじめだ。

「はずして、これ返して」

「それはできないな」

 僕が扉のほうを振り返るとそこには僕の姉さんが立っていた。


ばっく  とっぷ   ねくすと