僕が今通っているのは私立の清応大学というところだ。はっきり言って一流大学とは言えないのだが、それなりの学力を持った人物が流れ着く大学だ。元々学力のない人は頑張って、それなりに学力があり、勉強が面倒だ、という人が大体入ってくる。
キャンパスはそれなりに広く、授業を行う建物は八号館まで存在している。その建物とは別に、事務を行う職員がいる建物、生協や旅行代理店などが入っている建物、それと学食棟に部室棟、図書館、など多くの建物からこの大学は成り立っている。私立というだけのことはあるのか、結構生徒に配慮した空間を数多く作っている。
その一つ、談話室に僕たちは移動した。木島はどうか分からないが注目を集めた後その場に留まり話を続けるほど僕の神経は太くはなく、何より、クソ暑い中木島の話を聞き続けることなど不可能だと思ったからだ。僕の血管が切れてしまうかもしれない。
二十近くあるテーブルに僕たち以外には二、三組のカップルしかいなかった。時計を見ると午後四時を回っている。
クーラーに直接当たる席を選んだ。汗が冷やされ、体温が奪われていくのが分かる。学校全体を覆うようにドーム作ってクーラー効かせてくれないかなー、と現実的には有り得ない妄想を膨らませていたら木島が話を切り出してきた。よっぽど聞いてもらいたいらしい。
木島が話し始める。
「いきなり本題に入るけどさ、俺初めて女に振られちゃったのよ」
一瞬こいつは何なんだ、と切れそうになった。自慢をするために僕を呼んだわけか?自分から告白するまでもなく女性が寄ってくると自慢をしたいのか、自分が告白をすれば誰でも頷いていたと言いたいのか。・・・・・・いやいやいや、そうじゃない。きっと女性に振られる経験が思春期の中で無く、精神が熟した頃に初めて受けたショックに今までに無い戸惑いを受けているのだ。きっとそれだけを言いたかっただけなのだ。どうすればいいか分からない。そんなとこだろう。
ここは友人として本音を隠し、柔らかく、そして暖かく、希望に満ち溢れた言葉を送ってやるべきだろう。
「そうか、おめでとう。今日は赤飯だな。記念にお前の石像彫ってやろうか?一つ十万くらいで」
「いいよ、慰めの言葉なんていらなってえええええええ!!!!!」
慰めて欲しいなら子供電話相談室にでも電話するがいい。
木島とつるんで約二年。こいつの恋人は結構な速さで代わっていた。その様子を見ていたら慰め何て言えるはずもない。正直ざまあみろだ。
「・・・・・・・・いや、お前が慰めるはずはないと少しは思っていたのだがここまでとは」
「んで話は終わり?」
「いや、愚痴はこれからなのだ」
「ああはいはい」
僕は移動する途中で自動販売機から買ってきたコーヒー缶のプルタブを起こす。
「それでな、振られた女性というのが、これまたあの清流院琴音なのだよ」
「ああ〜薔薇姫ね」
僕はまあそんなところだろうなと当たりをつけていた。清流院琴音。まあこの大学にいる奴で知らない奴はいまい。薔薇姫と呼ばれている、外見だけでならこの大学で屈指もしくはナンバーワンなのではないだろうかという女性のことだ。その見た目は完全なる美、言動と思想は予想できぬ魔女。しかしその容貌から付き合いを申し込む男性、女性共に後を絶たず、日に日に彼女の武勇伝が増えていくばかりである。
例えば、薔薇姫に付き合いを申し込んだ男性がいて、それを薔薇姫は承諾した。男性は浮かれ喜び庭駆け回り、その週の日曜日にデートの約束をした。しかしその日に薔薇姫は来なかった。デートの約束の次の日に男性は薔薇姫に問いただそうと、特攻していった。しかし薔薇姫から出た言葉は「・・・?あなた誰?」という天国から地獄へジェットを付けて投げ下ろすような言葉だった。
ちなみに彼女は今まで付き合いを申し込んできた全ての人を振ってきたということだ。魔女という言葉はそこから来ている。散々人を振り回して投げる、というわけだ。
「それなら仕方ないんじゃない?あの薔薇姫だし」
「いやいや、デートまでこぎつけて途中まではいい雰囲気だったわけよ。ホントに。このまま最後までいけるんじゃねえ?ってくらいに」
まあこいつの最後ってのがどこまでかは突っ込まないにしても、デートまで行ったというのは大変な名誉なことだった。実際そこまでこぎつけた輩は一握りにも満たないだろう。パーセンテージで表すと5パーセントってところだ。その5パーセントに選ばれただけでも名誉だと思う。
「んでな、最後にレストランで飯食った後に、『僕と真剣に付き合って頂けないでしょうか?』って薔薇を渡しながら言ったんだよ」
ちなみに「薔薇姫」という名前は「付き合うことを承諾するときには薔薇の花を受け取る」という彼女の
「で、振られたと」
「ただ振られただけじゃない。『何かあなたじゃピンとこない』って振られたんだよ。なに?その抽象表現。僕に前衛芸術を理解しろとでも言うのか!」
ふむ。木島はパニくって意味が分からなくなっている。そこまで悲観して考えることでもないだろう。ただ「お前じゃ私に合わない」とでも言いたかっただけなんじゃないかな?
「イブキ!俺の悪い所はどこだ!ピンとこないってだけじゃ直しようがないだろう。慰めの言葉なんていらん!俺の悪いところを言ってくれ!そこを直してもう一度アタックしてくる!」
ん〜、どうしてそんな思考回路になるのか疑問なのだが、まあ正直ムカついていたので、僕の感想と共に忠告してみようと思った。
「外見以外」
一言で済ます。
「・・・・・・・・・俺に脳移植でも受けろと?」
「死んだほうが早いかもな」
慰めの言葉は要らない!なんて自分の立場に酔った言葉を聞かされたので辛辣な言葉を投げかける。
「うう・・・・・・ヒッ、・・・ク・・・・・・・うう」
あら、とうとう泣き出してしまった。やりすぎたな、と思いポケットに入っている予備に買っていたコーヒーを木島にあげる。
正直泣き出すとは思わなかった。これでも普段は飄々としている男だ。明日にはケロッとしているだろうと思ったが、何だかこのままでは後味が悪い気がした。
木島は「ありがとう」といい、コーヒーに目を落とした。
「うう・・・・・カフェラテがいい」
泣きじゃくりながら木島はそれを僕に返した。正直死ねばいいと思う。