「オーライオーライオーライ・・・・・・・・・ストップでーす!」
「白猫乙女」の宅配業者が威勢のいい掛け声を放つ。乙女というくらいなので業者のほとんどが女性なのだが、ほとんどの人がイカツイ。全員女子レスラーみたい。
今は何をしているかというと、そう。引越し。ちなみに僕の引越しではない。隣人として新しく引っ越してくる。
「裏技ってこのことか?」
その新しい隣人に語りかける僕。馴れ馴れしいとは思わない。
「裏技・・・・・・・・まあそうだな」
だって花中島だもの。引っ越してくるの。
「つまり、引いても駄目なら押してみろっつーか、木は森の中にっつーか、もういっそのこともっと人集めて集団生活にしちゃえば気にならんだろってこと?」
「集団生活・・・・・・・・・まあそうだな。更に付け加えると、寝るときは俺の部屋で寝れば大して気を使わんで済むだろう」
「あっりがとうーーーー!確かにその通りだ!話は飛ぶが僕にソバを、引越しソバをくれ!」
花中島が言っていた裏技とは、花中島が僕の部屋の隣に引っ越してくることだった。タネを明かせば単純というか、確かに精神的な疲労は激減するだろうと予測される。
僕の惨劇から二日後、急遽花中島は引っ越してきた。ホントに急遽。僕の知らないところで。全ての行動は水面下で進められていった。
別に僕に話をしていてくれてもいいはずなのだが「んまあ、何事も失敗ってつきものだから、わずかな失敗の可能性を潰していかないとな」とよくワケの分からないことを口走られて結局はそのまま理由を僕に言わないままであった。よく分からん。
「イブキ!なんだ!俺だけ仲間はずれか!みんなここのアパートに住むのか!俺だけ一人寂しく夜を過ごせと!毎日が修学旅行を味わえるこの完璧な環境から俺をのけ者にしようというのか!」
と引越しの手伝いをしながら叫ぶ木島。そこは僕にキレるところではなくて花中島にキレるところだと思うのだが。
「悪いけどもう部屋空いてないのよねー。まあ俺にとっては固定的な収入が増えていいんだけど」
と律儀に説明してくれるのはコウ兄さん。僕的には木島もここのアパートに住んで梓ちゃんをそちらの部屋に引き取ってくれるのが理想なのだが、部屋が埋まっているから仕方ない。
一時間もしないうちに引越しは終了。レスラーたちは笑顔を忘れずに去っていった。
そして二時間も経たないうちに、花中島の新しい部屋の片付けも終わる。衣類、食器、パソコン、この三種類しか大きな荷物はなかった。あまりにも生活感がなさ過ぎる部屋になったが、僕が昔遊びにいった時の花中島の部屋とあまり変わらない。殺風景が売りって感じの部屋だ。
「いや、花中島君、君が頭いいということは知っていたよ。しかしね、私たちのハーレムを壊す案はあまり感心しないな」
「私も同意見です」
とグチグチ言っているのはキンちゃんと梓ちゃん。僕にとってはハーレムではなく、ただの牢屋という感じだったのだが。詳しく言うと居場所がないという感じ。
「まあまあまあまあ。いいじゃないか、人が多いほうがにぎやかでいいし。皆で生活すれば、基本的な部分の生活費も抑えられるし、何より色々なところで助けあえるじゃないか」
というか、僕が助けられるじゃないか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・確かに一理あるな」
と、キンちゃんが一言呟く。
まあ、よく考えると一理しかないんだけどね。本来の集団生活とはイコールでプライベートな時間が潰れるってことだから、元々の僕の生活から考えると理想からは程遠いのだが、この際贅沢は言っていられない。二人の女性と交際しながら一緒の部屋で寝るという状況。正直、どこぞの宗教家かよと思ってしまう。
根本的な解決にはなっていないけれども、一先ず応急処置くらいの効果は発揮できそうだ。しかし、応急処置と言ってもかなりの効力がありそうだ。人間に必要なのは睡眠、食事、排便。この三つが出来れば生きていくことは出来る。特に睡眠は大事だ。食事は一週間抜きでもギリギリ生きていられるが、睡眠はとらないと死んでしまう。プレッシャーを感じながら寝てしまうと、疲れもあまり取れない。というか、僕は最近よく眠れていなかった。僕は二人とは別にソファーの背もたれを倒して寝ていたのだが、夜中起きると僕の横に二人が寝ていることがよくあった。僕がびっくりして二人を起こすと、「ごめん、寝ぼけてた」「すいません、トイレに起きてそのまま間違えて」と二人はそれぞれの言い訳をするのだが、夜中にベッドの軋む音がして目を開けずに起きていると「イブキ君イブキ君・・・・・・・・・・・・・・・よし、寝てる」「あ、今日は私が向こう側でいいですか?」「あ、いいよ。明日起きたらすぐに朝食作るからすぐ起きれる場所の方がありがたいし」「朝食お願いします」とまあ、完全に意識が覚醒している状態でのやり取りをしているわけだった。寝ぼけているわけではない。ただボケているのだ。そして僕は更に眠れなくなった。不健全すぎる。
その睡眠の部分が、大きく解消されるということになった。今日から寝るときは、花中島と二人きりだ。一人で寝るときほどの開放感はないが、それでも、あの環境からすると、かなりの開放感に包まれる。想像しただけでも疲れが取れていくような気がする。正直今日の睡眠が待ち遠しくて仕方がない。
「イブキ、今日の夕飯の当てはあるのか?」
花中島が僕に聞いてくる。
「?多分三人で食べると思うけど、あー花中島の分まで材料はないな」
冷蔵庫の中身は最小限でとどめておく主義(電気代が安くなるため)の僕は基本的に買いだめなどはしない主義だ。一回キンちゃん達が買いだめをしようとしていたことがあるけど、それを僕は叱った。近くにお店があるのだからできる限り行って買うようにと。
基本的に、食品には底値というものがある。お店を一つ一つチェックし、毎日の新聞についてくる広告それぞれの食品の底値を探る。勿論一円でも安ければ安いほうがいいのだが、そのお店までの距離、労力などと相談しながら、ピンポイントで食品を買う。また、広告に載っていないような食品でも、そのお店ごとに「大特価」と名を打って本来まだ生ける値段を全然下げていない時がある。全ての把握、それが大事である。
とまあ話はずれたが、今日の僕の家には四人以上分の夕飯はない。
「材料ない。・・・・・・・・・・・・・・・・んまあ引越し祝いってことでどっか食べにいくかな。どうせイブキ金ないだろうから俺のおごりでいいけど」
「僕からの答えを聞くまでもないよな」
「聞くまでもない、確かにないな」
「もう僕の家で飲み会とか嫌だし」
「飲み会とか嫌、まああれがあったから俺もここにいることだしな」
「んだな」
もう僕の家では飲み会は禁止だ。一回やるごとに僕の人生は確実にレールがそれて言っている。
「お、なに?飯食いに行くのか?・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっとまてよ。えっとな・・・・・・・・・・・・・・・んー」
そう言うと木島はキンちゃんと少し会話を交わした後、自分の携帯を取り出し、どこかに電話を掛け始めた。
僕と花中島は顔を見合わせる。
少し電話で会話した後、携帯をパチンと閉じる。
「花中島、今日は彼女こないんだよな?」
「彼女、花は今日はピクニックだそうだ」
ピクニックなんて言葉は何年振りかに聞いた。
「そうか、なら問題ないな。今日のイブキの分は半分俺が持つよ。キンちゃんの分は俺が全部出すけど」
つまりこちらとしては二人分の食費が浮くということか。今月の家計に救いの手が差し伸べられる。
「梓ちゃんの分は?」
行ける時は限界まで行くがモットー。
「梓はタイミングのいいことに今日は同級生と食事会らしい」
うん。まあ僕にとってはタイミング悪いけどね。
まあいい。二人分の食事が浮いた。しかも他人の奢り。これほど素晴らしいことはない。自分の財布を気にせず、そして友人の奢りということで心が痛むこともない。
しかも僕たちの暗黙の了解で「奢り=死ぬほど食え」という図式がなりたっている。
というわけで僕は今日は死ぬほど食う予定だ。
「僕に奢るといったね」
「大丈夫、意味は分かってるよ」
「意味は分かってる。俺もわかってる」
了解は得た。
僕は今日戦士になる。
「分かってるなら早速行こうか」
「おま、今まだ四時だぞ?」
「・・・・・・・・・・・・十二時を過ぎれば今日が終わるってわけじゃないんだよ?」
木島よ、時間の概念ってのは個人個人によって違う。
木島、花中島、君達は僕に言ってはいけないことを言った。
奢る。
それは僕にとってはある意味禁句だ。
僕は食う、とにかく食ってやる。
「それではカンパーイ」
『カンパーイ』
僕の箸は全く動かない。それは花中島も同様だ。
箸が動いているのはキンちゃん、木島、そして見知らぬ女性四人組。
ちなみに今日のキンちゃんはいつか見た男装をしている。
「木島よ木島よ木島さん。この僕の前に座っている四人組みはだーれ?」
「ん、俺も一人以外は知らない」
「この飲み会はナーニ?」
「合コン」
「頼む、お願いだから一度死んでくれ」
「おいおい、面白いこと言うな。人間って一回しか死ねないんだよ?」
「うん。知ってる。知ってていってる」
キンちゃんは僕を見てニヒルな笑いを繰り広げる。木島と最初からこのことを企てていたのか。
僕は唇を噛む。
急なイベントに、僕は食うことだけに集中しようと、そう誓った。