「前略、中略、以下略。以上!・・・・・・・・・どうだい?イブキ君?このボケは?」
「わらえるわらえる」
人に『どうこのボケ?』って聞かないといけない状態に陥ってる瞬間に駄目って事に気づけよ。っつか古い。出尽くしてる。そもそも説明し終わった後にそれってどうよ?
というわけで、キンちゃん僕、梓ちゃんの三人で僕たちが付き合っていることを話した。言ってみてすっきりとしたというか、なんというか。正直、罪の重さに耐え切れず逃げ出した感じだ。体が少々軽くなった気がする。勿論翌朝の惨状を言うわけはないのだが。
部室にいる部員たちは色々な表情をしている。爛々と目を光らせ、楽しそうに僕たちに矢継ぎ早に質問をしてくる人たち、「イブキさんなら有り得るわ」「アー・・・・・・あるある」と勝手に僕の人格を決めつけ呆れた素振りをする人たち、まあいいんじゃないっすか?というような表情をする人たち、色々な表情がある。拒否反応を起こした人がいなかったのがせめてもの救いだ。僕もそれに対してほっとする。
「最低」「最悪」「人間の屑」「ゴミ」「ダニ」「ヒモ」「チャラ男」などなど、ボキャブラリーの貧相な僕でも思いつく、けなす言葉を浴びせられるかと思っていたのだが、そんなことはなかった。逆にほとんどの人が面白がっている。
まあ他人事だからだろう。皆にばらして幾分すっきりしたのだが僕は未だに気が重い。
「薔薇・・・・・・・・・・じゃなかった、清流院さんとの生活ってどんなんですか?やっぱ優雅?それともこき使われる感じですか?」
「ご飯は清流院さんが作ってくれるんですか?それとも梓ちゃん?」
「まさかお風呂三人で入ったりしてー!」
「キャーーーーーーーーーー」
とまあこんな具合に、僕たちに対して質問し、答えない部分には勝手に妄想を膨らませる。大いに結構。甘んじて受けよう。君たちのその想像は僕に被害を及ぼすものではないのだから。精神的にはきついけど。
受け答えはキンちゃんと梓ちゃんに任せて僕は部室の外にでる。部室の中は女性のみで盛り上がっている。というわけで数少ない男性は全員外に出た。花中島は元々外に出て煙草を吸っている。木島は僕にまとわり付きながら一緒に出てきた。後は部室の中にいた男子部員、白差刈幸多(しろさしがり こうた)君と黒武者幸生(くろむしゃ さちお)の白黒コンビが出てきている。
「白君、黒君、一先ずここでの質問は受けつけない。何故か?疲れた。質問は来週以降に頼むよ。正直しんどい」
『ウィっす』
二人同時に頷いてくれる。さすが僕の後輩。空気が読めない奴らとは違う。
僕が二人に対して話を終えると、二人は同時に煙草に火をつける。ラッキーストライクとマルボロ。黒君がジッポに火をつけ、二人でそれを使い煙草に火をつける。仲いいなこの二人は。
「まあ、よかったんじゃねえの?最初はどうなることかと思ったけど、まあ、案ずるより生むが易しってところか」
木島が僕にそう言う。やってみればどうってことない、とはよく聞くが、その感覚に確かに似ている。若干異なる部分があるのだが、面倒なのでそういうことにしておこう。
「まあね。ちょっと心が軽くなったよ」
「軽くなった。・・・・・・・・・・・・・そうか。それはよかった」
花中島は短くなった煙草を靴の裏で消して外に設置してある灰皿に捨てる。そしてまた新しく煙草を咥えて火をつける。一連の動作が様になっている。
白君黒君が花中島の方へと歩み寄り、喫煙者同士で話し始める。喫煙者同士とは妙な連帯感というか仲間意識があるらしく、この三人も仲がいい。
「っつか明日からが大変なんじゃねえの?イブキは」
「・・・・・・・・・・・・・だよねー。多分そうなんだよねー」
木島が考えたくない事柄をさらっと言う。そう。あのキンちゃんに関わっていることがばれたのだ。明日からの生活が大変になるかもしれない。今日でさえ大変な目にあっている。大抵の出来事が、知人がらみであったから今日は耐えられたものの、見知らぬ人から声をかけられ、因縁をつけられ、そして諍いが起こるかもしれない。
「面倒だ・・・・・・・・・。喧嘩ふっかけられたらどうしよう・・・・・・・・・・」
「あー、喧嘩は多分ないと思うけど、まあ睨まれたり陰口叩かれたりってのは覚悟しておけよ?俺の嫉妬の比じゃないと思うし」
「えーお前の嫉妬以上か」
つまりは見苦しいってことか。なんとか耐えられるような気がしてきた。
木島をいじりながら延々と一時間。僕たちは部室の騒がしさが治まるのを待った。
しかし、女性同士のお喋りってのは長い。どうしてこんなに長いんだ。
宴もたけなわ、と言った感じで女性陣が皆バッグを持ってぞろぞろと外に出てきた。
「お、やっと終わった」
「あ、イブキ君。今から女性陣でファミレスに行ってくるよ」
「というわけです。恐らく遅くなります」
キンちゃんと梓ちゃんが僕に喋りかける。宴もたけなわじゃなくて二次会らしい。飲み会でもないのに。そんなに喋ることがあるのか。
梓ちゃんもいつの間にか溶け込んでいるらしい。表情に嫌なところがない。
「了解」
と一言言って僕は部室にある荷物をひったくってくる。
「んじゃ、花中島、木島、白君黒君。僕は帰るね」
「帰る・・・・・・・・・・おう」
『おつかれさまです』
「きぃつけろよー」
女性の話は長い。イコール帰りは遅くなる。イコール自宅での一人の時間が取れる。イコール僕は自由。
絵を描く。自宅で一人になり僕は絵を描く。久しぶりだ。周りの視線を気にせずに絵を描けるなんて。
今日はいい日なのかもしれない。花中島は秘策があると言っていたし、周りの皆にはキンちゃんと梓ちゃんのことがばれてしまったけど、大した波乱もなく事なきを得たし。そして自宅で一人で絵を描ける。
明日のことなんて分からないけど、一先ず二人が帰ってくるまでの数時間。僕は自由を満喫しようと思う。