お酒の記憶


「やめて!雫さん!お婿にいけなくなっちゃう!」

「ギャハハハハハハハハハ!こいつ乳首に花が咲いてやがる!イブキ!絵の具とマーキー!茎まで描いた後色塗ってヤンよ!」

「やめてー!やめてー!」

「まさか○○○に象の絵とかも描いてんじゃねえか?」

「やめてーやめてー脱がさないでー」

「飛沫さんってゲイなんですか?」

「違うよ」

「そうだろ!共感してくれるか!さすがイブキ君!」

「そうっすね」

「それはともかく、えっとな、私はね、こう思うわけですよ。最近のガキンチョはマセててどこでもかしこでもイチャイチャしちゃってさ。格好良ければいい、可愛ければいい、超タイプ、関係ないでしょ!人が異性と付き合うに当たり、最初に大事なのはそこに愛があるか!それだけじゃないかね!イブキ君!」

「そうっすね」

「あーもう。誰ですか?私の手をさっきから叩くのは」

「やめーやめてー」

「ギャハハハハハハハハハハハ!脱げ!脱げ!脱げ!亀の胴体描いてヤンよ」

「イブキ。煙草吸っていいか?」

「煙草は外で」

「さすがイブキ君!」

「そうっすね」

「飛沫さんってゲイなんですか?」

「僕はゲイじゃない」

「んもう。手を叩くのいい加減にしてください」

「・・・・・・・・・・・・・・・・もう君たちがいい加減にしてくれ」

 場は荒れていた。混沌という言葉をここまで認識できるのは初めてのことだった。人数が増えた分前回よりも荒れ具合が目立つ。

 姉さんは予想通り木島のMっぷりを発見し、そしていじるいじる。いじり倒す。

 木島は本気で泣いている。最初は姉さんと話が出来るだけであった嬉しさなんてもう微塵も見えない。

 友永さんは前と変わらずに何かと話をしている。

 キンちゃんは最初のコップ一杯のビールでクライマックスを迎えてそのままのテンションを維持している。一切飲まないようにと言わないとこの人は駄目だ。

 梓ちゃんは酔って僕に色々と質問してくる。誰だ未成年にお酒飲ませたのは。

 唯一まともなのは花中島だけだったが、相変わらずこいつはこの場面で役に立たない。

 煙草を呑み終わった花中島が僕の横に腰を落ち着ける。

「俺こんなに荒れた飲み会初めて見た」

 僕は頷き肯定する。僕もはじめてみる。

「どうすんだよ。この惨状。僕の部屋は何かに呪われてるんだろうか」

「呪われてる?違うだろ。俺は楽しいけどな」

「楽しいか。お前は器がでかいよ。今度はお前んちでこれやろうな」

「お前んち?嫌だ。絶対に断る」

「お前器小さいよ」

 僕だって断る。しかし、しかし姉さんが飲み会に加わってしまった。今後僕の家で飲み会をするという話が出た場合には僕の心情は他所に、力ずくで開催するだろう。

 キンちゃんと梓ちゃんが僕に向かい交互に話しかけてくるが、それには適当に答える。言うことは大体決まっている。その意味では楽だ。

 酒を飲みながら花中島が僕に話しかける。

「まあ、アレだな。悪いことだけじゃない。一つだけいいことを見つけた。今度から雫さんが飲み会に参加する時には」

 そして僕が答える。

「木島も呼ぼう」

 姉さんは新しい玩具が気に入ったようだ。あの喜びようは長年続くだろう。

「しかし何だ?あの友永さんの独り言。お前と一緒にいるときもあんなことするのか?というかアレはそうなのか?」

「一緒にいるとき。うん、たまぁにね。本人は隠してるみたいだけど。幽霊とか見えるみたいだよ」

「本物かあ。ひけらかしてないのがたち悪い。本物臭い」

 友永さんは相変わらず空中に向かって説教している。

「キンちゃんは相変わらずだしな。釘打っといた意味がねえ」

「意味がねえ。だな」

「そして梓ちゃんに酒飲ませたやつは誰だ?」

「誰だ、雫さん」

「・・・・・・・・・・・・・予想通り過ぎる」

 場はあいも変わらず、荒れていた。みんな既に主役の肉には目もくれず、口には悪魔の水分のみを流し込んでいる。

 僕は花中島と一緒に肉を焼きつつそれを食らう。舌に熱い油が広がる。それと同時に脳内にも快感が広がる。

「・・・・・・・・・・・・ああ。美味い」

「美味い、美味いな」

 焼肉ってえらいよな。こんなに落ち込んでても美味いんだもの。けど残念だ。この惨状じゃなければもっと美味いんだろう。けどやっぱりこの惨状でも美味いものは美味い。

 またも人数以上の肉を買い込んできた花中島に感謝だ。焼いても焼いても肉は減らない。僕の目の前にだけ至福がある。目の前以外は不幸だ。

 僕は一心不乱に肉を食べ続ける。

「ううーああーん」

「あ、こら。逃げるな!」

 今までいじられ続けていた木島がとうとう逃げ出せた。半ケツを晒したままトイレに逃げ込む。

 ガチャガチャとトイレのドアの音がした。鍵もしっかりかけたみたいだ。

「ち、出てきたら続きやってやる」

 舌打ちしながら姉さんが僕の方を見た。

 思わず僕は目を逸らす。

「飛沫、飲んでるか?」

「ああ、飲んでる飲んでる」

 飲んでないけど。ここは飲んでると言わないとヤバイ。

「そうか飲んでるか飲んでるか」

「うんうん。なあ花中島?」

「ああ、うんうん。飲んでるな飛沫は」

「たりないんじゃね?」

 そういうと姉さんは床に置いてあった、お酒の瓶を持って僕に近寄ってくる。

 木島という玩具をなくして手持ちぶさたになったみたいだ。

「足りてるって」

「花中島、君は飛沫が泥酔して壊れてるのみたことあるか?」

「飛沫が泥酔?いや、ないですけど」

「そうかそうか。まあ人間泥酔するまで飲むやつは糞だからな。そこまで飲む必要はないよ」

「ですよねー。姉さん」

 姉さんはそういうと僕の隣に腰を落ち着けて、手酌で飲み始める。

「時に飛沫。あそこの天井のシミが人の顔に見えないか?」

 姉さんはそう言うと僕の真上を指差した。

「え?そんなのあったかな?」

 僕は真上を見た。どこにもシミなどない。

 僕が真上を向いて数瞬、僕の喉に筒が通された。酒瓶が僕の喉に刺さる。

 ゴリっと音がして熱い液体が流し込まれる。

「ゴゲガ」

 僕は急いで振り払う。姉さんの手から酒瓶が零れ落ちた。床に少し酒がこぼれる。

「ああ、もったいねえ」

 姉さんは素早く酒瓶を拾いなおす。

 僕の胃は焼けていた。細胞がしぼんでいくような感覚に襲われる。

 瓶を振り払うさいに僕の舌には少しのお酒が残ったのだが、それが物凄く痛かった。

「ゴホッ!ゲホホ!ね、姉さんなにすんだ!」

「お酒が足りないみたいだからこれ飲ました。ほれ」

 そう言うと姉さんは酒瓶を口に含み、液を噴きながら火をつけた。

 空間には炎が走る。

「な、なんだそりゃ!酒なのか!」

「スピリタス。アルコール度数九十六%。世界最強の酒だ」

 それは酒なのか?エタノールに水を混ぜただけじゃないのか?

「イブキ、やばいぞ。そんな一気に飲むモンじゃねえ。吐け吐け」

「胃が熱い」

 僕は花中島に連れられて、トイレに行く。

 鍵がかかっていた。

「木島!出てこい!イブキがヤバイ!」

「ああーううー」

 木島はトイレの中で泣いていた。何か彼の大切な部分が踏みにじられたみたいだ。

「木島、頼む、一生のお願いだ。僕はこのまま死んでしまうかもしれない」

「う・・・・・・・・・・・・・」

 木島の鳴き声が止み、目の周りを腫らした木島が出てきた。

 上半身裸だが、下半身には着衣をしている。

「わるい、木島」

 僕はそういうとトイレに駆け込んだ。

 トイレの中は中略。僕が説明したくない。

 トイレに少し長い間こもった。

 あらかた吐き終えた僕はぐったりとしながらトイレから出た。

 胃から全てを排除することはできず、少し胃の舌のほうにアルコールは行っていたらしい。既に目の前がグルングルンと回っている。

 気持ち悪い。

 これだからお酒は嫌いだ。僕の場合は飲みすぎたら気持ちが悪くなるだけだ。

 一番初めに吐いた僕を心配してか、女性陣がトイレの前で心配そうな顔をしながら僕の帰りを待っていた。木島と花中島は何故かいない。

「イブキ君大丈夫か?」

「大丈夫じゃない。喉が痛い」

 キンちゃんが僕の容態を聞いてくれた。お酒と胃液で喉が焼け付いている。喋るのさえつらい。

「はい」

 梓ちゃんが僕に向かって水を差し出してくれる。

「ああ、梓ちゃんありがとう」

 ちょうど水が欲しかった。喉の辛さを流し去りたい。

 ちょうどコップ一杯分。量にして200cc。僕は口をつけ流し込んだ。

「いぶ、だめだ」

 居間の方から花中島のくぐもった声が聞こえた。

 しかし僕の喉は止まらず、全ての液体を胃に流し込む。

 その瞬間、僕の目の前にいた、キンちゃん友永さん梓ちゃん姉さんの四人は、心配していた顔が笑顔に変わった。そして爆笑に変わる。

 コップを口から放した瞬間、僕の胃は跳ねた。

 僕は予想しておくべきだったのだ。

 相手は姉さんを含む酔っ払い。しかも常識人が一人もいないときている。

 僕の目の前に差し出されたコップ。透明の液体。

 そこから導き出される答えは、お酒、しか考えられなかったのだ。

 僕はお酒を飲まされて判断力が鈍っていた。

 普段の僕なら絶対飲まない。

 周りでは世界は周り、そして僕を笑っている。

 ああ、僕はなんておろかなんだ。

 僕の意識はあちこちに飛ぶ。それは色々な考え方だったり、闇に落ちたように考えられなかったり。とにかく意識が飛ぶ。

 こんなんじゃ誰の世話もしてあげられない。

 僕は何てちっぽけなんだ。

 死ね。僕なんか死んでしまえ。

 そして世界に懺悔しろ。

 今日は絵が納得いかなかったな。

 うはは、何か楽しくなってきた。

 ああああああああ、世界が終わる。今日が終わる。

 そして僕の意識は閉じた。

 

 

 チュンチュンと雀の鳴き声で目が覚めた。強い光がまぶたを刺激する。

 目を開けると同時にひどい鈍痛が頭を襲う。

「ぬぁあああぁああ」

 声にならない叫び声を上げるが、痛みは引かない。どうやら二日酔いのようだった。

 僕はベッドに寝ているようで、ふかふかした感触が、お酒臭い僕を包んでいた。

 体勢を変えたら少しは頭痛が和らぐかと思い、天井を向いていた体を右に向けた。

 しかし完全には体は向ききらなかった。

 僕の眼前でキンちゃんが気持ちよさそうにすやすやと寝ている。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 頭の中がフリーズして逆を向くことにした。一先ず、顔をみないどこう。逆を向いて考えてみようと。

 そして反転させるように左を向く。

 そしてまた、僕の体は途中で止まった。

 僕の左隣では梓ちゃんが気持ちよさそうに寝ていた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「なんじゃこりゃあ!」

 頭の痛さを無視して、僕は跳ね起きた。

 部屋の中を見る。

 散らかった部屋。アルコール臭い匂い。

 ソファーに座りながら、姉さんが未だに酒を飲み続けていた。木島もそれにつき合わされている。木島はほとんど眠りかけだったのだが、僕が跳ね起きたのを見つけた瞬間、木島の目は見開かれた。

 姉さんがお酒の入ったグラスを傾け、笑いながら僕に呟いた。

「おはよう。二股野郎」

 ・・・・・・・・・・・いったい何が?

 続いて僕は木島を見る。

「・・・・・・・・・・・・・・イブキ羨ましい。というか男と女の敵だな」

「僕には全人類味方がいねえのか?」

 三人の体に掛けられていた布団が、僕が跳ね起きた勢いでめくれている。

 僕の着衣はトランクス一枚。両脇の女性は二人とも下着のみ。

 計三人。それぞれが下着姿で、三人寄り添うように寝ていた。

 な、何かがあったのか・・・・・な?

 僕の頭痛は更に酷くなった。


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