1-1 一日目 友人の作り方

 時は放課後、場所は体育館裏。そう、この高校生という年代で体育館裏という場所から連想することは、恥ずかしがり屋な大人しい女の子が意を決して人生最大のダイビング、そうじゃなけりゃ不良な方々からのリンチ、恐喝、イジメくらいなものだ。

 そして僕はもう自覚している。今回は後者だ。呼び出された相手が既に確定してる。女の子ではない。男、しかも完全な不良。

 昼休みに僕の友達と自分のクラスで昼食を食べているときだった。いつも一人で昼休みが始まるとフラッといなくなるわがクラス唯一の不良、新木女鹿がフラッと教室に戻ってきた。

 僕のお弁当のおかずに群がる友達たちと格闘をしていたら、女鹿は僕の方へやってきた。

 クラスの人々と話をしているのを見たこと無いのに、僕のところへとやってきたわけだ。僕の周りは友人を含め時が止まり、心臓さえも止まりかけた。

 僕の前に女鹿は立ち止まり、そして僕だけを見下ろす。

 一緒にご飯を囲んでいたはずの友人たちは謀ったかのように、一瞬で席を正しく戻して各自昼食を取り始めた。

 ちょ、お前ら例え薄い付き合いでもその反応は少し冷たすぎやしないか?

 と心の中で突っ込みをいれたのだが、いかんせんこの目の前に立ち尽くす男の圧力で声が出なかった。むしろ息さえ出来ていたのかが怪しい。

 僕の前に立ち尽くしておよそ一分が過ぎた頃だと思う。もしかしたらそれは十秒だけだったのかもしれないし、もしかしたら十分以上経っていたのかもしれないが、まあ僕の感覚からすれば一分という時間だったと思う。

 女鹿は僕を見下して身動き一つしなかった。声一つださない。むしろ息さえしていないように思えた。

 沈黙が続いた。本来ならば喧騒なクラスも誰かが死んでしまったかのように静かになっている。

 このままでは僕のほうが先に酸欠で死んでしまう。と自分で自分の容態を安否し、僕の方から言葉を切り出した。

「何かよう?」

 僕はこの言葉一つ吐くだけで精一杯だった。もしかしたら今の一言で彼を怒らせ、隠し持っている六角レンチで僕の頭部を消し去ってしまうのではないか、と考えた。

 しかし彼は服の中から六角レンチを取り出す動作などすることも無く、辺りを見渡した後僕に一言告げただけであった。

「・・・・・・・・放課後体育館裏に来い」

 と。

 そのような経緯があり僕は今この場所にいるわけだ。

 用件は僕を呼び出すだけなのか、もしくはその後僕に暴行を加えるのを含めた呼び出しなのか、僕には皆目見当も付かない。というか見当をつけたくない。

 授業の間中、僕がこの高校に入ってから行ってきた行動を思い返してみた。とにかく入念に自分の半年間をじっくりと思い返してみた。不良のような人たちに迷惑をかけるような生き方はしていなかったと思う。コンビニの前でたむろしている人たちに突っ込んで入ったり、生徒会に入り不良撲滅というようなスローガンを掲げたりもしなかった。自分の落ち度がさっぱり分からない。

 既に放課後に移り、この場所に来てから十分は経っている。人っ子一人来る気配が無い。このまま誰も来なければ良い、僕はそう願った。

 とまあそう上手くいく訳はなく、のっそりと一人男が現われる。長身の男、新木女鹿。視線は僕を直視し、そして睨みつけている。

 ああ、僕の残りの学生生活は暗黒に飲み込まれてしまう。終わりだ終わり。これにて終了。グッバイ僕の青春時間。大学生活に夢と希望を詰め込みましょう。

 大学行ったら何のサークルにはいっかな。

 僕が大学生活に思いを寄せている間に女鹿は僕に近づいてくる。

「待たせたな」

 と一言。

 僕の一メートル前で歩みを止めて、そして僕の顔を覗き込む。

待ってるよ。待ちたくないけどね。本当に心のそこから待ちたくないけどね。

「なんだよ。女鹿。僕に何か用でもあるのか」

 気合で負けないように。下を見ず、そして胸を張りながら答える。

 既に足にきて膝を着いているのだが。そこはあれだ。何かに祈りを捧げているように見せればいいだけだから、なんら問題はない。

「・・・・・・・・・へぇ。俺のこと呼び捨てなんだ」

 言葉の端に食いついてきた。ああ、ヤバイ。こいつは不良だ。きっと極道だ。マフィアだし暴走族なんだ。きっと。

 きっと僕はそのままゆすりたかられ暴力事案。歩くATMと呼ばれ、休み時間はパシリと化す。ブラックな高校生活を送るんだ。

「そう言えば同級生で俺のこと呼び捨てで呼ぶ奴っていねえな」

 と、言いながら嬉しそうな顔をする。

 やめてよ。怖いよ。僕は虚勢張ってるけど本当にこええ。その低音ボイスでちびりそんなんだよ。というか泣くよ?僕泣くよ?知らないよ?本当に泣くよ?

「・・・・・・・・・・・・・まぁ、今日呼んだのは・・・・・・・・・・・・あの、あれだ、えぇっと」

 涙目の僕を尻目に、話を始める女鹿。

 あれか?続いてでる言葉は「明日十万もってこい」か?それとも「お前明日から俺のパシリな」か。「なんか教室でお前が鼻につくんだわ」「あの店で万引きしてこい」

 それからなんだ。ええっと、他に有り得そうなことは何がある?

 人間とは想像しながら生きていく生き物だ。想像することによってそれは予測となり、事前の心構え、対処法、そして後の生存に繋がる。というか繋がってくれ。

 いじめられて自殺はしないけども殺される可能性はある。僕の生命よ未来に繋がってくれ。

 僕の思考回路がマイナス方向にひた走り始めた頃、女鹿は言葉の続きを言い始めた。

「なんっつうかね、あの、放課後、あれ、違った。お前部活はいってるもんな」

 うん。入ってる。入ってるけど何でそれを君がしってる。

「じゃなくて休日とか休み時間とか、あんだろ。基本的に何をしてもいいっつー時間。そんときにさ、あれだ、えっとな・・・・・・・・・・・・」

 後半になるにつれ声が小さくなっていく。最後の付近は僕の耳をもってしても聞き取ることはできなかった。ちなみに僕の耳は、昼前に隣の席の生徒がお腹をならしているのを聞き取ることができる。

「え、なに聞こえない」

 僕が一言発すると、女鹿の顔が険しくなる。

 負けない。ここで退いたら僕の高校生活が終わってしまうのかもしれないのだから。

「・・・・・・・・・・・・ぇ」

「え?」

 なんだかカチンと来たようで、顔まで真っ赤になっている。ああ、怒ってる。ヤバイ。殺される。

 しかしながら僕が聞き返すことで徐々にだが声が大きくなってきた。

「俺と遊・・・・・・めし・・・・・・・くれないか」

「あそ、え?なに?」

 そして僕の予想になかった言葉が発せられる。

 それは、

「だから!なんだ、俺と友達にならないかってことら」

 ということらしかった。噛んでるけど。

 最後の最後で噛んでしまっているけども意味は分かった。意味は分かったけど意味が分からない。

「意味がわかんね」

「え、だらら友達に・・・うぇ、噛んだ・・・・・」

 その理由がわかんねえ。噛んでるし。

「え、なんで僕?君にはいるっしょ。学校サボって単車で遊びに行ったり、夜中ゲームセンターやらコンビニにたむろしたりする仲間が」

「あ、・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり教室の皆俺の事そんな風に見てるわけ?」

「うん。多分教室だけじゃなくて学校全体」

「くそ、やっぱり・・・・・・・・・・・・。なんかおかしいと思ったんだよ。いや、違う、思ってたんじゃない。気づいていたんだな俺は。気づきたくなかっただけだな。くそ」

 そして引き続き独り言をこぼしていく。

 僕の方をたまにちらちらと見ながら。

 その様子はさながら転校生が新天地で友達の輪に入りたがっている様である。

 瞳の奥には不安と、そして更に奥には期待が見え隠れしている。

「えっとだな、多分お前らが思っていることは誤解だ。あ、いあ、ごめんな。喋り方がわるくて。ちょっと俺喋り方の柄は悪いんだ。君たちが思って・・・・・・・・・・・・チクショウ。柄じゃねえな・・・・・・・・・・・・・・」

 着々と独り言を積み重ねていく女鹿。要領が悪すぎる。話が全然進まない。

「あの・・・・・・・・・・結局何がいいたいの?」

「うぇ・・・・・・・・・・ああすまねえ。・・・・・・・・・・・俺な、別に学校休みたくて休んでるわけじゃないし、不良連中とつるんでいるわけでもない」

「つまりなんだ?俺は真面目ですよと」

「そうそうそうそうそうそうそうそうそうそう」

 こいつは相当なあわてんぼうだ。俺の喋りを最後まで聞かないし「そう」を十回も言う。それ故に相当。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・あまりの突飛な話にサブいギャグを言ってしまった。僕のせいではない。

「それでな、おま、えっと鏡が知っての通り教室ってか学校で浮いているだろ」

「うん。小学生でいうと天まで届け」

「1・2・3!そこまでか!」

「うん。地球は青かったって」

「ガガーリンまでか!」

 うん。突っ込みは鋭いけど意味がわからんね。

「まあ分かった。それで、今の状況を打開するために、この高校生活を豊かにするために僕に友達になれと」

「っそそそう」

 なんてそそっかしい奴だ。噛みまくりに更にどもって。

 状況は理解した。理解したが疑問が残る。そう、なんで

「なんで僕?」

「・・・・・・・・・・・・・・お、お前が話しやすかったからだ。お前がよかった」

 なんて告白!

 僕はその告白を聞き顔を真っ赤に

「するわけねえだろ!」

「うお!・・・・・・・・・・・・・・だめってことか?」

「いやいや、自分にツッコミだ。別にいいよ。僕は構わない。つまりは僕を通してクラス、そして最終的には学校全体で善良な生徒であるということを浸透させたいと」

「いや、えとな、そこまで行かなくていいんだよ。ただ、俺は普通の高校生活を味わってみたいだけだ」

 むう。僕の早とちりだったか。おせっかいはしなくていいということか。

 ということは何だ。放課後、体育館の裏に呼び出された。これは暗黒時代の到来か!と思っていたことも早とちりということか。

 別にいじめでもなんでもない。そうかそうか。それなら僕は強いぞ。チョー強い。アロンアルファ(瞬間)の接着力くらい強い。

「よしよしよし。僕は全然構わない。いいよ」

「あ、ありが・・・・・・とう」

「ってかさ、別にわざわざこんな所に呼び出す必要なくない?普通に教室で僕に話しかけて徐々に仲良くなっていくのでもよくない?」

「う・・・・・・・・・・えとな、実は入学した頃からそうしようとしていた」

「そうか・・・・・・・・・・って今二学期だよ!」

「だ、だからこんなことになってんだろ」

「それもそうだな」

 了解。全て把握した。

 友人を作るに努力は要らない。努力しないと続かない友人なんてそれは友人でもなんでもないと考えている。の・だ・が!それとまた同時に、自分の好む環境は自分でできる限り努力する。というのも僕の考えていることの一つであり、今回は後半のほうを重視でいってみたいと思う。というよりも、別に友人同士の始まりはいつの間にかってのが多いのだろうけど頑張って話しかけてそこから発展していく友情も往々にしてあるからだ。別に始まりなんてのはどうでもいい。突然でも悠然でもそれは後の関係になんら影響はないはずだ。人生十五年しかいきていないからしらんけど。

「んまあわかった。女鹿の今後の高校生活を祈りつつ、早く家に帰りたいのだがね」

「おお、う。きょ、今日は別々に帰るか?」

「そういや女鹿って家どっち方面?」

「髪具品方面」

「住所は?」

「具品」

「僕んちの近くじゃん。今日から一緒帰ろうか」

「おおう!」

 めっちゃ満面の笑みの女鹿。

「そ、それじゃ鏡、かえかえるか!」

 噛みながら脇に挟んでいたバックを高々と天に突き上げる。

 入学したてで友達ができたばかりの小学生か。まあそんな感じに近いっちゃ近い。

「あ、ちょっと待ってて。教室に鞄置いてきてるから」

 カツアゲ対策に。

「おお、分かった。ここで待ってるぞ」

「いや、校門で待っててよ」

 じゃないと僕が体育館裏に呼び出してなんやかんやしているという構図にも取られかねない。

「わかった!」

「それじゃあまた後で」

 僕はそういうと教室へきびすを返した。

 正直ちびるかと思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・いや、ちびってないよ?ちょっと今からトイレで確認するだけだ。

僕がおっかなびっくり歩いていると、後ろから女鹿が話しかけてきた。

「一つ聞きたいことがある」

「んー?」

「なんで俺はそんなに浮いているんだろう」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・自分で浮いている理由がわからんのか。

 まあそれ故に教室でずっとあんな感じなんだろう。

「えとな」

「おう」

「えっらいカッコイイイイイ男がいるとするよ。超イケメン。あれ?なんでそこに存在できるの?ってくらいの男だ。そいつが教室でずっと黙ったまましかめっ面、射抜くような目で周りを見て、休み時間になると教室を出てどっかいくそんな男がいるとどんな印象を受ける?」

「どんなって、よくわからねえけど近寄りがたいな」

「そういうことだ」

「へ?」

 まあそういうことだ。それ以上は言わない。言ってもわからないし、これ以上はチープに聞こえる。既にチープな表現なのだから。

「え?どういう・・・・・・・・・・?」

「あーあーあーあーきこえない」

 僕のほうが恥ずかしくなる。男を褒めるなんてしたくない。

 女鹿が間抜けな顔で僕の方を見ている。

 まあ、自分の美を自覚していない男ってのは嫌いじゃないけど。


 kannagitop