黄色い光は夕暮れに当たる−暗闇の中でコント−


 体中が痛い。当然だ。俺の体はこれ以上ないくらいに傷ついている。

 恐らくどこか骨に異常があるのだろう。数箇所が燃えるように熱い。

 そして雨が降り注ぐ。暗い闇。体は熱いながらも心身ともに冷え切っている。

 恐らく後一、二時間すれば俺は死ぬ。

 雨に体力を奪われ、怪我で満身創痍。視界は真っ暗でこの世に俺は一人だ。

 もしかしたらもう死んでいるのかもしれない。俺が死んだと認識していないだけで。

 しかし、俺は死んだことがなかったから自分が死んでいるかどうかは認識できなかった。ただ全身に鋭い痛みだけが響いている。

 事の発端は、俺が柄にもなく、人助けをし始めたことに始まる。

 コンビニに煙草を買いに行く帰り、近道をした路地裏で女の叫び声が聞こえた。男三人がかりで女を襲おうとしている。そしてなんとなく助ける。女逃がす。俺は男三人を倒す。男達の仲間が集まる。そして俺はそいつらも倒す。しかし更に集まる。俺逃げる。逃げ切れず今の状態。

 妙な正義感なんざ振りかざさなければよかったと正直後悔した。普段クールぶっているだけなんだな俺は。結局クールになりきれていない。ペラッペラの人生経験しかない自分の演じている性格に酔っているだけの二十歳にも満たない男だ。結局なにも出来やしない。

 あの女は逃げれたのか。それだけが今の状態で知りたいことだった。このまま死ぬことを考えるとそれだけが知りたかった。

 聞こえていた雨音も、段々聞こえなくなってきた。俺の意識が遠のいているのか。視覚が正常じゃないからそれさえも分からない。

 消えていく。

 全てが消えていく。

 光も。

 音も。

 感触も。

 ただ自分が生きているのだろうと推測できるのは、皮肉なことに体の痛みが生きていると俺に語りかけている、それだけしかなかった。

 ・・・・・・・・・・・・・死にたくねえ。

 正直死にたくねえ。まだ俺は何もやっていない。俺の趣味は何だ?外見だけクールに見せるだけのシルバーアクセを集めることか?違う。あれは俺の趣味じゃない。他人に見せるための趣味だ。

 本当に惚れた女を抱いたか?抱いてねえ。適当に言い寄ってくる女を適当に抱いた。本当に死にそうなくらいに女に惚れたか?自分自身が死ぬときに見取ってほしいほどの友人は出来たか?将来の夢は?やりたいことは?

「・・・・・・・・・・・・・・死にたくねえ」

 自然と願望が口をついた。結局人生で何も達成していないことに気づく。目の前は暗いままで、目の周りが自然と熱くなった。

 死にたくねえ。

 しかし、俺の死に様なんてこんなもんなんだろうと、自分に言い聞かせた。

 俺がそう呟くと光が視界に入った。目が焼ける。

「うお、いた!花中島!こっちだこっち!・・・・・・・・・・・・・・いや、走れよ!血だらけで人倒れてんだぞ?」

「血だらけ・・・・・・・・・・・・死んでるんじゃね?」

「死んでるかどうかは医者が判断すること!僕らはただ迅速にこの場にあった処置をするだけだ!」

 男が二人、俺のところに駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 路地裏の向こう側にある道路を車が走る。

 俺の暗かった視界に一瞬、光が戻り、そして消えた。

 俺のすぐ横で心配そうな顔をして覗き込んでいる男と、そしてその隣に立っている表情の分からない、背の高い男。

「大丈夫・・・・・・・・・・・・じゃないね。目は虚ろ息もほとんどしてない」

「目は虚ろ・・・・・・・・・・・あの時俺のじいちゃんが同じ目をしてたな」

「勝手に殺すな!」

「殺すな・・・・・・・って俺のじいちゃん生きてるし」

「おじいちゃんごめん!」

「おじいちゃん・・・・・・・・・・・俺には?」

「お前は死ね!」

 俺の体を案じながら吉本並のコントを披露している二人。

 半ば俺は放って置かれているような気がする。

「よし、花中島救急車呼べ!」

「救急車・・・・・・・・・・・さて、ここで問題」

「え!なに?何かヤバイの?」

「何かやばい・・・・・・・・・別にやばくねえけど」

「なになに?なんなの!」

「119の由来は?」

「そういう問題かよ!今言うことじゃねえだろ!そして僕は知らない!知ってたとしても僕はここで答えたくない!」

「僕は知らない・・・・・・・・・・そうか。実は俺も知らない」

「それじゃあ問題じゃねえじゃんかよ!疑問だろ!」

「問題じゃない・・・・・・・・・・いや、大問題だろ」

「違う!そういう意味じゃない!なんだかニュアンス違う!」

 最終的には俺を放り出した。

 観客は俺。しかも目が見えないのに、律儀に突っ込みを入れているらしい。パシパシと音がする。

「もうお前どっかいけ!いいかげんにしろ!」

「いいかげんにしろ・・・・・・・・・・・・・どうもありがとうございました」

「なんだよそれ!漫才か?漫才なんかしてねえよ!落ちてねえし!・・・・・・・・・・ちょ、お前どこ行くんだ!」

「どこ行くんだ・・・・・・・・ってエチオピアの首都ドッカ」

「エチオピアの首都はアディスアベバだろ!全然合ってねえし!適当言うんじゃねえよ!エチオピアの人たちに謝れ!僕にも謝れ!」

「謝れ・・・・・・・・・・・・その前に電話だろ?」

「その通りだチクショウ!しかしお前が言うな!」

 俺は息苦しい肺の空気を全て吐き出した。こいつら俺を殺す気だ。間違いない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・はい」

「・・・・・・・・・・・?何で僕に携帯渡す?」

「何でって・・・・・・・・・・・・・・お前が言うなって言っただろ」

「ちげえよ!どこまでボケるんだよ!」

 終わる気配のないやり取り。このままでは俺は死ぬ。俺は最後の空気を使い声帯を震わした。

「・・・・・・・・・・・・いい・・・・・・・・・かげんにしろ」

 しばしの沈黙。そして声の優しい男が一言呟いた。

「ど、どうもありがとうございました?」

 お前こそちげえよ。

 せめて死ぬときくらいはクールに格好よく自問自答しながら死のうとしていたのに。

 このままじゃ死んでも死に切れない。

 そして何より、この漫才は落ちていなかった。

 何よりこれってコントだろ。



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