1、謹慎


 最近の学生は云々と愚痴にする爺さんってわけではないが、まあそれにしても最近の学生は確かにヤンチャが過ぎる。「お前らタバコなんか吸うんじゃねえよ」「あ?は!何だ、お前誰だよ?」「神崎高の高校教諭だ」「あっそ。分かったからどっかいけよ」「そうもいかん。さっさとタバコ消して家に帰れ。もう夜中の十二時回ってるぞ」「うるせえよ!俺がタバコ吸って誰かに迷惑かけたのかよ!」「別に迷惑だ何ていってないぞ?何勝手に先に突っ走ってんだ。いけないことだって理解してるんならやめろ」「う、うるせえんだよ!」「ちょ、お前声でかい。うるさい。今のお前が世界的に迷惑」とまあここまで話を進めた時点で、高校生のガキ達三人組はキレていた。チョコーッとおちょくっただけなのに本気にしてキレていた。タバコを口に挟んだまま俺を取り囲む。三人が三人ともズボンのポッケからバタフライナイフを出してナイフを構える。いまどきバタフライナイフって、と心の中で嘲笑した。「お前らそんなものを」「今更謝ったって遅いぜ!」「出したからには覚悟しろ?」「は?」は?と三人とも声を揃えた瞬間、俺は真正面に立っていた高校生におもいっきり拳骨をかました。「ヒャプ」と鳴いて後ろに吹っ飛んで倒れる。次に右後ろにいた高校生の顔に狙いを定める。その高校生は俺の行動が瞬時には飲み込めていないらしく、俺の行動に反応出来ていなかった。上から下に振り下ろすように拳骨をかます。「ギ」と短い声を出して昏倒した。「お、お前こんなことして」と最後の一人が声を荒げた瞬間、右の頬に思いっきりビンタした。今度は声も上げずに意識を失った。「全く最近の若い者は」あ、最近の若い者って言っちゃった。と頭を掻く自分にチャチャを入れつつ、三人の襟首を纏めて掴み、ズルズルと引きずりながら近くの交番へ向かった。

 有村 樹林(ありむら きりん)以上の者に一週間の自宅謹慎を命ずる。という処罰を受けて七日目。三日目で自宅に積んでいた書物を読み終わり、四日目からは暇を持て余し、パチンコに興じていた。玉がチェッカーに入り、気がつけば手には大量の金金金。このままパチプロにでもなろうかと思った最終日の今日。今までの勝ち金、全てがなくなっていた。いやー、ギャンブルって本当に怖いものですね〜。と誰だか忘れた有名人の真似をして自分で笑った。まあ暇つぶしになったからいいや。

 ちなみに俺はこんなチャラチャラした性格をしているが、れっきとした高校教師である。生徒の教育に燃えているとか部活で生徒と一緒に全国を目指すということを一切してはいないが、まあそれなりに楽しく、上手く、先生という職を全うしながら生活をしている。

 家に帰り置いてあった携帯電話を確認すると校長から定時連絡、というか俺が自宅でキチンと反省しているかの確認の留守電が入っていた。しかし声は一言も入っていない。

 自宅にこもって三日目の昼、校長の電話が三日間「もしもし、有村ですが」「あ、私だが」「どうも」「きちんと自宅で反省しているかね?」「はい」「それならよろしい。きちんと反省するように」「はい、それでは失礼します」と、俺と校長が全く同じ会話しかしていないことに気づき、留守電の応答を自分で作り、秒数をキチリと計って校長の言葉に対応するようにしていた。ピーという発信音の前に校長は電話をきるものだから、校長の声は一言も入っていない。

 何故に俺が自宅謹慎を受けるに至ったのかというと、単純に汚い大人の世界って奴のせいで、この間交番に突き出した高校生の親が、どっかのお偉いさんだったらしい。それで、その件自体もみ消し、アンド子供の腹いせに俺に体罰という名目で処罰。まあ俺はラッキーってな具合にそれを受け取った。給料一割カットとかが無かった分、ただ休みが貰えただけだ。そして有意義に一週間を過ごした。

 風呂に入り体についたタバコの匂いを落とす。そして風呂から上がり、ビールを飲みながらタバコを吸う。うめー、大人ってやめらんねえー、とか皮肉ったことを言いながらテレビを見る。

 ビールを二本飲んだ辺りで携帯がペカペカと光った。サブディスプレイに「二十二H中園」と表示される。携帯を開き文を確認する。「先生災難だったねぇー♪明日から学校だね♡頑張って☆」と表示された。女子高生のメールというのは何だかむず痒い。恥ずかしい文まで平気で送ってくる。受信ボックスを確認すると他の生徒からもちらほら「明日からがんばれ」とのメールが入っていた。内容を確認するのも面倒になって携帯を閉じる。生徒に愛されてんだか馬鹿にされてんだか何だか分からなかった。

 その後に校長から「アー明日からのことなんだが」と電話があったがつまんないので省略。タバコを吸おうかと思って箱の中を探すがタバコは一本もない。舌打ちしながらタバコの買い置きを置いてある棚に向かうがそこにもタバコは無かった。「あちゃー、切らしてたっけ」と独り言を呟き、財布を持って近くのコンビニへと向かう。別に無いなら無いでいいのだがあったほうが精神衛生上よろしいので買いに行く。服はパジャマのままだったのだが、別に夜だし当然の姿だろうと思いそのままで出てきた。歩いて大体二十分。小さい公園の中を通過してコンビニへ行く。近くのコンビニには小さい駐車場しかないので車は使わない。とまあ格好つけてはみたものの、ただ単純に車を持っていないだけだったりする。

 夏の夜空、月のおかげで街灯がない道を通っても視界はしっかりとしていた。

 コンビニでマルボロライトを買って、帰り道、歩きながらタバコに火をつける。

 たまには夜の散歩ってのもいいもんだ、と思いながら歩いていた。

 公園に入ろうとしたのだが、何故か入れなかった。見えない柔らかい壁みたいなものがある。何これ?と疑問に思いつつも公園を通らないと少し遠回りになるので無理やり入った。柔らかいなら突き破れるだろうと。

 頑なに壁が阻んでいた、というまでもないくらいの壁だった。右手をその壁に無理矢理突き立てたら、ビリビリビリと何か破れるような音が聞こえ(た気がした)予想通り中に入れた。ちょっと不審に思いながらも、くもの巣か何かだろうと思い、タバコを吸いながらゆっくりと歩く。

 空を見上げながら、ゆっくりと公園の中央へ向かって歩いていく。静かな夜だ。

「ギギギギギギギッギギ」

 静かな中に何か歯軋りみたいな音が聞こえた。

公園の中央に位置する街灯の下で二つの影が動いていた。互いにぶつかり合っては離れる。それを繰り返している。

 相撲の練習か?と思いつつそれを横目にしながら通り過ぎようとした。

 突然二つの影の動きが止まる。俺に気づいたみたいだ。

「え、何で人が」

 女性の声が聞こえた。いや、女性とは言えないくらいもっと若い、中学生か高校生くらいの声だ。

「あ、気にしないで練習続けてください」

 俺は少し大きな声で話した。

 影の一つが俺の方へと向かってくる。何か気にでも障ったのかな?と思ったが俺の一言で気に障る部分など少しも見当たらなかった。

「ちょっと!」

 女の子が叫ぶ。影は近づいてくる。しかも物凄い勢いで。ここまで早く動く物体を見たこと無いというくらいの速さで。

 すぐに俺の近くに来た。

 ・・・・・・・・・・・・なんだこいつは?

 まず言えることは人間ではないという事だった。もしかしたら着ぐるみを着ているだけなのかもしれないが、その外見は、犬が大きくなり、そして毛が抜け落ち、火傷したかのような外見をしていた。目は爛々と光り、大きい牙をむき出しにしている。

 スピードを落とさず俺に突っ込んでくる。

 俺の顔にでも噛み付こうというのか、口を大きく開いて俺の顔に飛び込んできた。

 それを抱きしめてあやす、という器量は無いので右の拳骨で殴った。顔の横っ面を。全力で。

「ギャオ」

 と野太い声を出して犬みたいなのが床にバウンドした。そのまま体を痙攣させ、その場に昏倒する。

「え?」

 女の子と思しき影が俺の方に近づいてくる。あちゃあ、犬殴っちまったよ。こりゃあ飼い主になんて言われるかわからん。恐らくは女の子が飼い主なのだろう。すごい形相をしながら俺に近づいてくる。

「あ、ごめんなさい。噛み付かれそうになったんで思わず殴ってしまいました」

 一先ず謝ってみた。自分の愛犬がぶん殴られてヒクヒクしてんのにこれくらいの謝罪で許してくれる人なんていないよなー、と自分で思いつつも頭を下げる。

 下げた頭を無視するかのように女の子は、俺の右手を掴んで伸びている犬と交互にまじまじと見つめる。

「何の加工もしてないよね?普通の手?何で一発で・・・・・」

 とまあ、意味の分からないことを口走り始めたわけなのだが。電波か?電波なのか?と内心ビクビクしつつも話しかけてみる。ちょっとした痛い行動で俺は引かない。そんなんで先生って職業は退くわけにはいかない。学校に意味の分からんことを言う生徒なんてたくさんいる。

 引き続き謝ろうと女の子の方を再度見た。髪は艶やかな黒色で短く、ボーイッシュな雰囲気をだしている。服は黒いジャージを着て・・・・・・・・ってあれ?

「お前、帚木(ははきぎ)か?」

「え?あ、え、あ!先生!」

 俺が担任しているクラスの女子生徒だった。何たる偶然。これは不幸中の幸いなのか、幸い中の不幸なのか。

「犬ごめんな。殴っちまった」

 痙攣を続ける犬を見てみる。長い舌をだらしなくたらし、息をしているのかさえ分からない。こりゃあまずい。

「いや、それはいいんですけど」

「いいの?」

「いいんです。私の犬じゃないし」

「マジ?あー、謝って損した」

「むしろ殺しても構いませんよ?」

「そこまで!」

 思わずツッコんでしまう。この子は学校では大人しく、話も弾むことはほぼ皆無で簡潔に終わってしまう。しかしながら話を整理して話を進めるタイプで、感情的になることはない。

 殺しても構わないとまで、お墨付きをもらい、犬を殴ったことに対しては何のお咎めもなさそうだった。それならよし。

「あんまり遅くまでうろつくなよ。今はプライベートだから補導しないけど補導員として活動してたらしっかりと補導するからな。それじゃあ」

 俺はそう帚木につげ、自分の家の方向へと歩き出す。

「え、先生。何も聞かないんですか?」

 帚木が俺の後ろから大声を出して俺に尋ねる。

「何を?」

 と俺は軽く返事を返す。

「いえ、その犬みたいなのは何だとか、こんな時間に何をしているのだとか」

「いや、別に聞かんよ。お前だって俺に何でココにいるのかだとか聞いてこないだろ。それと同じだ。それとも何か?家庭の事情で家出中か?」

「いや、家庭の事情でも家出中でもないですけど」

「今日中にしないと自殺しそうになる話でもあるのか?」

「それもないです」

「それとも聞いて欲しい話か?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・いいえ」

 最後の質問のみ、沈黙があった。

「それなら何も聞かんよ」

 というよりはむしろ面倒臭いのでさっさと帰りたかった。先ほども言ったとおり、俺は今プライベート。学校の仕事は学校で済ませるタイプでプライベートは完全に自分の為に費やす。家庭に仕事は持ち込まない。完全な愛妻家タイプなのだ。別に妻なぞまだいないけど。

「それじゃ」

 と再度告げ、帚木と別れようとすると再度帚木に呼び止められた。

「ちょっと待ってください」

「なんだ?」

「先生って親は」

 そう帚木が続けようとしたのだが、俺はそこで遮った。

「あー、その話長い?今話したほうがいい?」

「え、あ、わかりません。今じゃなくていいですけど」

「先生帰って仕事しないとならんのだわ」

 そうですか、と帚木は一言答えた。別に悲しそうな顔はしていない。眉間にしわを寄せ、この野郎という表情をしている。

「んあ。話は明日学校で聞くわ」

 俺は振り返ることもせず、そのまま公園を出て行った。