0、プロローグ 森の端にて


 とても気持ちのいい朝だった。

 雨上がり、森の葉という葉に全て雨の雫が伝っていた。森の濃い緑がここに生きているという実感を与えてくれる。空気は湿っているせいか研ぎ澄まされたかのように冷たい。そこに朝日が僕の体を温め、夏だと言うのに暖かいという感触を僕に与えてくれた。

 森の木々を一つ一つ、そして全体を捉えるように観察する。

 白い紙にその印象を描き表す。場面そのものを切り取って描くのではなく、それを見た上での印象を描くわけだ。それは感想文に近いのかもしれない。自分が出会ったものに対して外に向けて自分の意見を発する。僕が書く絵というものはそういうものだ。

 緑が映える。色だけはその場で乗せるというわけにもいかず、その色の印象を心に焼き付ける。いま、この場に絵の具を持ってきていないことを後悔する。いま、この瞬間にしか感じられないモノを後で描こうとするとどうしてもビジョンがブレてしまう。色においても同じことだ。きっと僕はこれを描き上げるだろう。しかしそれは今この場の僕の感動というわけではない。それはきっと先にいる僕の感動だ。

 ラフスケッチをしていく。抽象画に近いラフが出来ていく。

 ふっと僕はその手を止めた。

 遠くから女性の声が聞こえる。森の中に僕一人という思いから僕は転がり落ちた。

 気がつくと紙には四枚のラフが描かれていた。どれだけ時間がたったのか分からない。今日はあいにく腕時計は持ってきていなかった。朝早くに来たということしか分からない。そろそろ学校が始まるのだろうか。そう思った矢先のことだった。

 僕が描いていた空間に一人の女性が入ってきた。

 体には白いワンピース。頭には大きめの麦藁帽子。その格好は非常にシンプルで、その体は森に溶け込んでいた。

 木々の間から零れ落ちる木漏れ日が、彼女の体を照らした。

 彼女は森に溶け込む。もしかしたら森が彼女に溶け込んでいるのかもしれない。

 何故彼女がここに来たのかは知らない。僕にとってはそんなことはどうでもよかった。ただもしこの世に神がいるとすれば僕はそれに感謝した。そして僕は自分を罵った。

 この時この場所に偶然にも僕が居合わせたこと。そして僕が色を持っていなかったことを。

 僕は彼女を描き始めた。


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