1-2 手紙の読み方

 して教室。

 鐘はリンゴーンと鳴り響き、教室は無人。

 僕の鞄がポツネンと机の上に置いてある。

 辺りが暗いよ薄暗いよ。

 教室の明かりをつけて恐怖心を落ち着ける。

 いやしかし、なんだ?何か妙な時間だったな。なんだかヌルイゼリーの中を歩いている感覚とでもいうのか。

 まあカッコいい友人ができて嫌なやつはいないだろう。まあ友人となるかは今後の付き合い方しだいなのだけども。

 さて帰るか、と机の上に置かれた鞄を掴む。

 と、同時に教室の隅に鎮座している掃除用のロッカーがはじけた。

「ひゃあ」

「どひゃあ!」

 ど、と!が付いている分だけ僕のほうがビビッてた。

 ロッカーは弾けたわけではなく、そこから人が転がり落ちてきた。

「いたい」

 と一言ポツリと呟いている女性。

 顔から突っ込んで出てきたため顔は見えないが後頭部で分かる。荒木蘭。僕と同じ教室の住人だ。簡単に言えば同級生。

「荒木さん?な、何してんの?」

「いや、えとね、別になんでもない。私は帰るわ」

「え、あそう。それじゃあね」

「バイバイ」

 と僕に一言言ってドアへと向かう荒木さん。

 教室の隅にいつも座り、そして本を読んでいる美なる女性。しかしその正体は何チャってヤンキー。見ているこっちがハラハラするくらいに危うい女の子である。クラスだけに留まらず、学校、そして町、総力を上げて彼女が危ない喧嘩や事件に巻き込まれないようにバレないようにその存在を保護している(されている)ような希少人物である。男女関係なく彼女の存在を愛し、そして優しく見守っている。扱いは芸能人以上であると思う。

 僕は明日担任に相談し、ロッカーに鍵をかけることができるようにしようと考えながら鞄を掴みなおした。彼女が毎日ロッカーに入るような性癖があるのならば感染症とか心配だ。いや、むしろ教室の掃除用ロッカーはダミーにしていつも清潔を心がけるほうがよいのではないのか?どうすんべ?

 これは今日の宿題だ、と考えながら行動する。それが悪かった。別のことを考えながら行動なんてするもんじゃない。鞄を掴みそこなった。

 掴みそこなった鞄が中身をぶちまけながら床に落ちた。

 あっチャー。めんどくせえ。

 結構な距離を稼いだ教科書やノート、プリントなどを鞄につめなおす。

 その途中で僕が見たことない紙が目にとまる。

 て・・・・・・がみ?だよな?

 黄色い封筒に入った。レターだ。

 教室に放置してあった鞄。見慣れぬ手紙。

 こ、これはまさか!

 ・・・・・・・・・・・恋の果たし状って奴か!

 ほぼ無意識に僕は体を机の下にすべり入れる。

 こんなかわいい封筒に入れやがってこのやろう!ドキッとしちゃうじゃないか馬鹿野郎!

 どうするよ僕!今この瞬間に(そっと)口を引き裂いて中身を読むべきか、(こそっと)家の中で叫びながら心行くまで楽しむか。二つに一つだ。

 僕が机の下に隠れながら今世紀最大の難問に挑んでいると、僕の体に影がかぶさった。

「荒木さん」

 荒木御大であった。表情はいつものようなクール(を維持しようとしている)表情ではなく、目に涙を浮かべ、声を震わせながら僕に語りかける。

「わざと?」

「へ?」

 何を対象に言っているのか分からない。

「わざとなんでしょ?そうやって、私が恋文を入れたことをわかりながらわざと鞄の中身を床に散らかして『あれー?なんだこれー?』って言って私がいるうちに朗読して私に恥をかかせ、そして『あんな不細工からきもい』とか何とか言ってビリビリに手紙を破いて高笑いするんだわ!」

「そんなやつぁ僕がゆるさねえ!」

 どんな鬼畜なんだよ僕は。逆にどういう風に思われているか教えてもらいたい気もする。

 というか、恋文?僕に対して?荒木さんが?

 今世紀最大の難問の出題者が一瞬にして解けてしまった。ちょいと残念。文を読み、そして最後の一行に書かれている名前、もしくはイニシャルを読むまでのどきどき感を楽しめなくなってしまった。

T・K?だれだ?僕の教室にT・Kなんていたっけ?・・・・・・・・・・・・・・!あれだ!嘉門タツオだ!みたいな。そんなどきどきがなくなってしまった。

 んー。しかし、何故?全然接点ないのに。

「荒木さん、これは、僕に対して、貴女からの手紙ってことで?」

「あれ?・・・・・・・・・・・・気づいてなかった?」

「あの状態で気づくことできたならそれは神だ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、そうなんだ」

 そして沈黙。互いに目を合わせてどちらともなく真っ赤に染まっていく。

 ん?これは?なんだ?そういえばさっきのは告白と捉えてもいいものなのか?っていうか罰ゲーム?恋文っつったよな?

「罰ゲーム?」

「え?何が?」

 違うみたい。彼女が僕に惚れてる?いやいやいやいや。落ち着け僕。思い上がりも甚だしい。確認だ確認。可能性を押しつぶせ。

 普段の生活での接点。

 なし。

 僕にとりえ。

 自分で何か得意といえるほどの自信はない。

 彼女に何か親切を働いたことは?

 皆無。

何か僕と彼女の間での共通点が?

 ミジンコと女神。恐らく遺伝子配列が全然違う。

 ないないないのないない尽くし。

 僕の存在意義を疑ってしまう。

 !そうじゃない。まず僕の脳みそが正常化どうかが怪しいんじゃないか?

「好きだ。付き合ってください」

「ちょっとまってて」

 んー。ちょっと待てよ。そもそも僕が勝手に恋文と聞き間違えていただけなんじゃないか?乞い文、これでどうだ?内容的にはお金をかしてくれとか書かれているとか。そうだ。きっとそうに違いない。・・・・・・・・・・・・いやいや待て。彼女は確か金持ちじゃなかったか?そういう噂がちらほらとあったような気がする。ということは、金じゃなくて何か僕が持っているレアリティのある物品か?何があった?僕の持ち物・・・・・・・・・・・あれか!FFSで全キャラクターのスフィア盤を網羅したセーブデータか?・・・・・・・・・・・・そいつだ!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、ええええええぇぇぇぇぇ!

「えええええええぇぇぇぇぇ!」

 心の叫びが口をつく。

「ば、馬鹿な!あれか?あれでしょ?風流を好む数寄でしょ?」

「・・・・・・・?」

 そりゃあわかんねえか。

「ちょっとまって。僕の機器間違いだよね?」

「聞き間違いって、こんなこと何度も言わせる?」

「こ、こんなこと?」

 なんだかエッチな響き。しかし聞き間違いはないみたい。

「僕に対してなんで?ほとんど喋ったこともないのに?」

「て、手紙に書いてあるから読んで。返事は明日にお願い」

「ちょい待ちチョイ待ち、ぬああ行かないでおくれ」

 パニックに陥っている僕を無視して、荒木さんはそのままドアの向こうに走って消えた。

 一人教室の明かりに照らされて立ちすくむ僕。

 夢か現実か。

 現実味がない。けれども夢でもない。

 その後誰もいない教室で僕は数十分ほうけていた。


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