嫉妬の炎は恋心〜午前中〜

−少し未来のお話−

「めがね男子っていま流行ってるんだってね」

 とある某日、午前十一時、昼ごはんを何にしようか考え始める時間。

 キンちゃんが何かの雑誌を見ながら僕に話しかけた。

 ちなみに、今日は久々に僕がご飯を作る。久々に僕が作ってみたいと言ったらキンちゃんと梓ちゃんは快諾した。

 そして二人はそれぞれにゆっくりとした時間を過ごしている。

 メガネ男子。眼鏡をかけた男性(イケメン限定)をさす言葉らしい。僕はテレビ雑誌共々あまり見ることがないから流行っているかどうかは知らない。

「・・・・・・・・・・・・・琴音さん。少し古いです」

 梓ちゃんが少し返事を返す。少し古いらしい。

「いや、そうは言うけどね、梓ちゃん。彼らは素晴らしいよ。眼鏡が合うってのも一種のスタイルなんだよ。ほら、この雑誌を見てくれたまえ」

 そういうとキンちゃんは梓ちゃんに近づき、一緒に雑誌を見始めた。

「・・・・・・・・・・・・なかなかいいものですね」

「だろう?彼らには色あせない輝きがある。これはいつの世代になっても変わらずに受け継がれていく種類のものだ」

 そして二人はあーだこーだといいながら話をし始める。

 いつもの日常だ。

 いつもの日常だった。

 この時、この瞬間までは。

「時にイブキ君。君の視力はいくつなんだい?」

 キンちゃんが雑誌に目を落としながら僕に話しかけた。

「んー。確か高校卒業するときくらいは3.0だったけど。それ以上測れないから3.0ってことになってるよ?」

「サンコンさん!サンコンさんじゃないか!」

 古いよ。何年前の人物だよ。

 僕は突っ込むのが面倒になって、描きかけの絵を描き始めた。

「琴音さん。サンコンさんは古いです」

 僕の変わりに突っ込み役がいてくれる。なんて素晴らしい人物だろう。しかし何故君の年代がサンコンさんを知っている。

「いや、彼には色あせない輝きがある」

「確かに色あせないよ!かれは黒光りだよ!」

 流石に突っ込んでしまった。梓ちゃんにはまだハードルが高い。

「まあ、それはいいとして、だね。イブキ君。眼鏡を掛けてみる気はないかね?」

 また突拍子もないことを言い始める。

 しかしいつもよりハードルは低い。

 いつものように自分勝手な言い分ではあるが、特に拒絶しないといけないような内容ではない。

 が、しかし。しかしだ。

「それはできない話だ」

 と僕は断りを入れる。

「なんで?すぐに終わる話だよ」

「何か僕が高校生の頃家にあった黒縁の眼鏡かけたら姉さんがキモイから一生かけるなって言ったことがあってね」

 僕が高校一年生か二年生のころの話である。

 僕の父さんがおしゃれ用に買っていた眼鏡を僕がかけたことがある。

 黒縁の、度なしの眼鏡。

 リビングにたまたま置いてあり、何と無しにかけてみた。

 そしたら目の前でお茶を啜っていた姉さんが僕の顔を凝視し、そのまま一分間。

 口から垂れ流されるお茶を気にせずに一言、「お前は一生眼鏡をかけるな。絶対だ。しかしその眼鏡は自分で持っておけ。いつでも手の届くところにおいて置け」。そう言い僕の前から立ち去った。

 その頃の僕はというと、それなりにお洒落にも興味があり、格好いい服なども好きだったので、面と向かって「一生眼鏡をかけるな」と言われたことに対し、ショックを受けたのを覚えている。

 それくらい僕には眼鏡が似合わないということらしい。

「ふーん。そうなのか。まあ、しかしだね。物は試しという言葉もある。昔といまの君とはまた違うのではないかね?今の君の顔立ちのほうがきっと昔よりも男らしくなっているはずだし、今一度挑戦してみてはどうだい?」

「やだよ。掛けるなっていわれてるのに喜んでかける馬鹿がどこにいる?」

「今日オスシ食べに行こうか?私の奢りで」

「とまあ色々と言ってみたけども、人間なんてのは馬鹿もできないといけないと思うんだよ僕は。それがたまたま今日であるんだね。どのくらいの期間かければいい?一時間?一日?一週間?」

「相変わらず奢りとなると食いつきがいいな。一日コースで頼む」

「そこまで言うなら仕方ないな」

「携帯電話で写真とってもいいですか?」

「しかたないなあ」

 姉さんの言いつけどおりにお父さんの眼鏡を自分のものにして保存してある。

 父さんにはキチンと話をつけて、そして僕のものにしてある。

 いつでも取り出せるように、棚の一番上の棚に保管していた。

 黒縁眼鏡。度なし。

 眼鏡をお洒落と見なす際、最もポピュラーな眼鏡である。

 眼鏡の種類にも銀縁、縁なし、下縁、上縁などなど、簡単に考え付くだけでも様々な種類の眼鏡がある。

 まあ御託はどうでもいいのでさっさとつける。もしかしたらキンちゃんと梓ちゃんが僕のことを嘲り笑うかもしれないけど、別にそれはそれで構わない。

 デュワとウルトラマンの掛け声を掛けながら眼鏡を装着する。

 さあ、笑え。笑うがいい。その笑いが今日のオスシに変わる。

 僕はキンちゃんと梓ちゃんから目線を外しながら今日のスシネタについて考えてみる。僕はマグロよりもサーモン派。塩でもいけるがマヨネーズの炙り焼きも好きだ。たくさん食うと気持ち悪くなるけど。

 少し僕が考え込んだ空白の時間。

 彼女たちから声が発せられることはなかった。

 不思議に思い、僕は彼女たちに目線を向ける。

 二人とも固まっていた。

 キンちゃんは飲んでいたお茶を口から垂れ流し、梓ちゃんは構えていた携帯電話を床に落としている。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱりひどいのか。

「よ、予想以上にひどいみたいだね。キンちゃん口からお茶が出てるよ。梓ちゃんは携帯電話落としてる」

 僕が一声かけると二人ともハッとした様子で意識を取り戻し、キンちゃんは口を押さえ、梓ちゃんは携帯を拾い再度僕にカメラを向け一枚の写真を撮った。

「ご、ごめんなさい」

「す、すいません」

 何故敬語でしかも謝る。

「やっぱり眼鏡はずそうか?見ていて気持ちいいものじゃないでしょう?」

『駄目!!!!!!!ゼッッッッッッッッッッッタイに駄目!!!!!!』

 二人が阿吽の呼吸でハモった。

 しかも顔が超真剣。

 その真剣さが微妙におかしくて僕は少し笑いながら「わかった」と答えた。

 僕がその答えを発した瞬間、キンちゃんは口を押さえていた手の間から赤い液体をボタボタと垂らし、梓ちゃんも同じように口を手で押さえながら僕の写真を取りまくっていた。

「ちょ、キンちゃん大丈夫?」

 僕がキンちゃんの容態が心配になり、駆け寄り、そして右手でキンちゃんの口付近にティッシュを当て、左手でキンちゃんの頭を支えた。

 僕がキンちゃんの頭を支えて正面から顔を見た瞬間、キンちゃんはこと切れるように、目を閉じ、そして横にばったりと倒れた。

「え、あ、何?ちょっと冗談だよね?・・・・・・・・・・・・・・・キンちゃん、キンちゃん!」

 またいつかのように、意識がないふりをしているのではないかと疑ったが、僕が彼女の顔に僕の顔を近づけても全く反応がない。本当に意識がなくなっている。

 鼻血、そして意識を失う。イビキこそかいていないものの、最悪の予感が僕の脳をよぎった。

 脳梗塞。

 不味いんじゃない?これ下手したら死ぬんじゃない?

「梓ちゃん!救急車呼んで!ぼ、僕はひとまずコウ兄さんを呼んでくる!」

 正直僕の頭はパニックになっていたし、そして脳梗塞の人に対する処置の仕方を知らない。コウ兄さんは年は近くてもいい大人だし、そして何よりも頭が良い。色々なことを知っている。僕がこの場で何も処置をしないよりも、恐らくコウ兄さんを呼んできたほうがキンちゃんの生存率も上がるだろう。

 僕が玄関に向かい立ち上がろうとした時だった。

「駄目!イブキさん!絶対に外に出たらだめ!大丈夫ですから!琴音さんはただ単に意識を失っていいるだけですから・・・・・・・・・・・・・」

 梓ちゃんが真剣な顔で僕に言い切る。

「ほ、本当に大丈夫なの?」

 僕が梓ちゃんに詰め寄ると、彼女は顔を真っ赤にしながら何度も頷いた。

 再度念を押す。

 僕が更に詰め寄ると、梓ちゃんは逃げるようにキンちゃんの元にかけより、そしてキンちゃんを揺さぶった。

 本当に大丈夫なのか?病状悪化しないか?

 という僕の心配をよそに、キンちゃんは幸せそうな顔をしながら目を覚ました。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハ!何?夢?夢だった?」

「嬉しいことに現実です。あそこに・・・・・・・・」

 そう言うと二人とも僕の顔を見始める。

 そして顔を真っ赤にする。

 そ、そこまでやばいのか。僕の眼鏡顔は・・・・・・・・。

「そ、そこまで似合わない?」

 僕はストレートに聞いてみる。

「いや、そんなことない!似合っているなんてもんじゃない!心が締め付けられるくらいににあ」

「琴音さん!」

 キンちゃんが僕の意見に対しコメントをしようとしたのを梓ちゃんがさえぎる。

 そして僕には聞こえないように耳打ちを始める。

「こ、琴音さん。分かります。その気持ちは十分に分かります。ですけど、その言葉を言ってしまっては駄目です。もし、普通に似合ってるなんて言ってみてください。今後、イブキさんがお洒落をして外出するときにメガネをかけて外出する確率が増えますよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは嫌だ」

「雫さんが眼鏡禁止令をだしたのもこのためですね。ですから、できるだけ、このことは二人だけの秘密に」

「そ、そうだね」

 話し合いは終わったみたいで、キンちゃんは再度僕に向かって言葉を発した。

「ま、まあ普段の君の顔の方が好きかな?」

「・・・・・・・・・・・・・・さいでっか」

 僕にメガネは難易度が高すぎたか。もうこれからつけることはないだろう。

 僕がメガネを外そうとフレームに指を書けた瞬間、キンちゃんと梓ちゃんが同時に叫んだ。

「だ、駄目!」

「・・・・・・・・・・・・えー」

 どうしろと。

「と、咄嗟にとめてしまった。ど、どうする?他の人には見せたくないが、今すぐお預けはもったいなさすぎやしないか?梓ちゃん」

「同感です。・・・・・・・・・・約束もしたことですし、今日一日はメガネをかけていてもらいましょうか」

「そうだね、そうしよう」

 二人は再度耳打ちを始める。

 僕はフレームに指をかけ、固まったまま。

「約束もしたことですし、今日だけはメガネをかけていて下さい」

 梓ちゃんがそう言う。

「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・・・・わかったよ」

 僕はフレームから指を離す。

「イブキさん」

「何?梓ちゃん」

「き、記念と言っては何ですが、・・・・・・・・・・・・・そ、そのまま私に・・・・・・・・・・・その・・・・・・・・・・・・・・接吻を」

「・・・・・・・・・・・・・・?いいけど?」

 僕は梓ちゃんに近づき、立ったまま軽いキスをする。

 瞬間、梓ちゃんは座り込んだ。

 そしてキンちゃんが駆け寄り、体を支える。

「ど、どうだった梓ちゃん」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 梓ちゃんは無言のまま親指を僕に立て、何度も僕の方へ突き刺す。GOという意味らしい。

「い、イブキ君!私にも!」

「い、いいけど」

 僕はキンちゃんにもキスをする。

 キンちゃんも同じく倒れこんだ。

「こ、腰が」

「こ、これは麻薬にも出せない快楽ですよね。きっと」

「同感だ。これまでにない経験だ」

 そのことに関しては僕も同感だった。

 だって鼻血まみれの綺麗な女性とキスをする人なんてそうはいないと思うから。


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