偶然食堂でイブキ君を見かけた。
定食三食分を一人でたいらげていたのだが、あまりにも暇すぎてイブキ君にちょっかいを出してみた。出会ってから二回目だったけどなかなかいい感じで話が出来たと思う。
「お待たせちゃん!」
イブキ君としばらく話し込んだ後、イブキ君は絵の続きを書きたいらしく私と別れて美術室へと向かったらしい。全て仮定なのは私がイブキ君を追っていかなかったからだ。別に追う理由も無かったわけだし。
「うん。まった。私は物凄く待ったよ」
いつもは花と昼食を食べているのだが、今日の花は用事があったらしく、昼食をドタキャンしてどっかに行った。結果私は一人で昼食を食べ、イブキ君と話し込んだのであった。
その後、再度花とメールをやり取りして、今ここにいるカフェテリアに集合となった。
「よかったねえ!何か表情が楽しそうだよ?」
「うん。謝らないのがいっそ清々しい。まあ暇はしなかったのだがね」
イブキ君との会話は正直楽しかった。聞き上手で尚且つ話し上手。そして私のボケは全て拾い、フォローする。しかもテンポよく。私がボケていなくても突っ込むくらいだ。突っ込まれてから感心することも少しあった。私はボケていないのに。しかも私を前にして、一切下心を感じさせない。夢のような青年だった。
「んー、あれか!この間会ってたって言ってた青年?」
「おお!ピンポイント!何故分かった?」
「後ろの人が言ってた!」
「私はそういう冗談はあまり好きじゃないのだがね。まあいい」
友はたまにこういう冗談を言う。
「私がいままでにあったことのないタイプの男性だな」
「お、ホの字かい?キンちゃんにも春が来た?」
「ん?ああ・・・・・・・・そういやそういう発想無かったな。そうか。ああいうタイプなら私でもありえるのかも知れないな。少し意識してみるか。今まで人に惚れたことないってのも難儀なものだな。しかし、もし私が惚れてたとしても、あの青年が私になびくとは思えないなあ。私に対して女性としての興味を持っている感じがしなかった」
普段からよく告白されているからこそ、自分に興味があるかどうか分かる。別に男性の行動をずっと追っているわけではないのだが、些細な表情や仕草、私の言葉に対するリアクションでなんとなく分かるようになった。
花がニヤニヤしながら私に対して言葉を発した。
「撃墜王が撃墜されてりゃ世話ねえぜ!」
「な、ば、馬鹿言ってんじゃないよ。そもそも私は『撃墜王』とか『薔薇姫』とか呼ばれるのは嫌いなのだよ。そもそもふられてないし」
私のことを影で『撃墜王』やら『薔薇姫』などと呼ばれていることは知っている。そもそも、告白の返事を受け取る代わりに薔薇の花束をもらうと言ったのはジョークだったのだ。「なんだそりゃ!何年前のドラマだよ!」という風に突っ込まれるのを待っていたら周りがそれを本気にしはじめた。今では立派な慣習になっている。心のそこから私に惚れていて、本気で私と付き合いたいと思っている男性とたまにデートをすることもあるのだが、その時はハズレなく、皆薔薇の花束を持ってきている。困ったものだ。まあ薔薇はすきなのだが。
「そもそも連続で二回使うと文章崩壊だよ!」
「あ、ごめん」
花はどうでも良いようなことに対して突っ込む。
こういう時ならイブキ君はどう返すんだろうと少し考えた。「そもそもそもそもって語感が気持ち悪いよね。連続で言ったら痒くなりそう」これか?んーいや、違う。彼ならもっと捻ったツッコミをするはずだ。こういう時はボケ担当なのが悔やまれる。
私が少し考え始めると、友は私をじっと見始めた。
しばらくしてからその視線に気づく。
「な、なんだね?」
私が花に聞くと花は真面目な顔で答えた。
「本気じゃねえか!」
「え?本気って何が?」
「今その青年のこと考えてたでしょ!」
「あ、よく分かったね」
「後ろの人が言ってた!」
私は後ろを確認するが誰もいない。勿論いない。
「だからそういう冗談はいらないって」
あ!つまらないツッコミをしてしまった。いかんなあ。今のはどう突っ込むべきだったのか?「後ろに人なんていやしない!」・・・・・・・・・・普通だな。クソ。彼ならどう考えるんだろう。
「ほら、また考えてるでしょ!」
「う、否定できないのが私だ」
「日本語おかしくなってるよ!」
「あ、ごめん」
またつまらない返しをしてしまった。また「彼ならどう考えるか」と考えてしまう。このようなことは初めてだ。正直他人にここまで興味を持ったのさえ初めてだ。
「ま、まさかこれが噂のカモンなのか」
「んー・・・・・・・・・・・・・・・・あ!コイって意味か!」
・・・・・・・・・・・・・関心されてしまった。ツッコミは無い。
「えーっと、これが恋なのかね?」
今度は普通に友に相談してみた。
「違うね!それは恋じゃない!」
「え、なんだ。違うのか」
少し肩を落としてしまう。
「恋じゃないよ!それはね・・・・・・・・・・・・・愛だよ!愛!」
「っなぁ!恋よりもワンランク上じゃないか!」
「来たね!キンちゃんに春が来た!」
「こ、これがロベなのか・・・・・・・・・・・」
「ロベってなあに?」
「あ、いや、ごめん。ラブでいいです」
思わず敬語になってしまった。またもツッコミ不発。今回のボケはただのローマ字読み。イブキ君のことを考えてしまう。彼ならいかに良いキレた突っ込みをするのか。これが恋のワンランク上の愛か。すごいぞ私。しっかりと女の子しているじゃないか!
「やったね!キンちゃん!キンちゃんなら大丈夫だよ!根拠のない薄っぺらい言葉だけども」
「・・・・・・・・・・・・・励ましが正直すぎるよ」
励ましたいのかけなしたいのか。
「・・・・・・・・・・そしてそれは恐らくコンビ愛に近いものだけれども」
花はボソッと言った。
「え?何か言った?」
「言ったけど言ってない!」
「おお!そうか!」
最後の言葉は私によく聞こえないくらいの言葉で言っていた。
「いずれは男女の愛に変わればいいな」
「え?何?何で声小さいの?」
「音が小さいから小さいんだと思うよ!」
「正論だ!しかし聞きたいのはそこじゃない!」
花はまた小さい声で何か言った。こういう時の花は何か隠し事をしている時がほとんどなのだが。昔からよくあることなのだが、その言葉の詳細を聞けることは稀だ。
「そう言えば相手の名前は何て名前?」
花が「聞くんじゃないよ」とでも言いたげに話を切り替えた。別に深くは聞くつもりも無かったので私もそれに答える。
「えっとな。イブキ君。じゃなかった。確か泉飛沫って名前だったかな」
本名で呼んだことが無かったから、一瞬思い出すまでタイムラグがあった。危ない危ない。愛しい人の名前を忘れるところだった。
「何かチャプチャプしてそうな名前だね!・・・・・・・・・・・ん?あれ?美術部の人?」
「お、知り合いかい?」
「ちょっと待ってて!」
途中で花は話を区切ると、バッグの中から携帯電話を取り出して電話を掛け始めた。
数秒待って、花は話始める。おばあちゃんが電話をするくらいの大きな声で。恐らく携帯を取った相手の音は割れていることだろう。
花は子供のまま大人になってしまった感じがある。考え方や知識はそんじょそこらの大人と比べても軽く上を行くのだが、言動というか話し方というか、そのようなものが幼稚園生なみの感覚なのだ。かわいいからいいと思うが。
しばらく電話をした後、花は笑顔で私に振り向いた。
「キンちゃん!合コンしねぇ?」
「は?何故に合コン?」
そして私は数日後、花と武君とイブキ君との四人で食事会を開くことになった。