4、家に来た宇宙人




 その後はしょうも無い話をして場を和ませた。グレイの頭は完全にヘルメットだった、とか神崎の能力はどんなのなのだろうなど出来るだけ今話題が続く事に集中して話をした。結局話題はグレイの事に集中した。悪口が集中していたが絵流以外はそれなりに打ち解けて話していたと思う。空蝉はあまり話に参加できず絵流は途中から寝ていたが。気がつくと外は大分暗くなっていた。

「星、そろそろ帰るぞ」

 絵流がいきなり立ち上がり俺の首を掴んで無理やり立たせた。絵流は時間にだけはうるさい。自分の予定を狂わせるのが嫌いらしい。

「お、もう七時か」

 俺も時計を確認する。部屋には時計が飾ってないので自分の携帯電話で時間を確認した。

「あら、もうこんな時間なんですね。夕飯の準備を忘れてました」

 田尾さんも携帯電話で時間を確認する。

 天君は話をしている途中で俺に抱きついたまま寝てしまったので、田尾さんが布団を引いてそのまま寝かせた。空蝉も俺達が立つと同時に立った。

「それじゃあまた明日」

 田尾さんの夕飯を食べてみたいと思ったがそこまであつかましい事は出来ないと思った。

 田尾さんの見送りで玄関を出る。俺の未来に同じ光景があるといいな。

 三人で帰途に着く。絵流の家は俺の家から近いのだが空蝉の家はどこにあるのだろう。

 聞いてみると意外と俺達の家の近くに住んでいる事が分かった。しかも一人暮らし。うらやましい。

 絵流はバイクを押しながら歩いていたのでゆっくりと自転車を漕いで帰る。二十分ぐらいで俺が一番先に家に着いた。

「それじゃ」

 一言挨拶をして二人と別れる。「それじゃあね」と空蝉は嬉しそうに俺に手を振った。男同士なのに気持ち悪い。絵流はシカトしながらバイクを押す。もう少し愛想良くして欲しい。

 中流家庭の平々凡々な我が家に入る。中からカレーの匂いが漂ってきた。今日の夕飯は聞かずに分かる。「ただいまー」と言いながら靴を脱ぐ。・・・・・・・・・・あれ?お客さんかな?見知らぬ靴がある。しかも銀色に染め上げられた靴だ。・・・・・・・・・・・・・まさか。

「あ、おかえりなさい〜」

「おかえり〜」

 母さんと妹の里美の声がほぼ同時に聞こえた。妹だけ姿を見せて出迎える。

「里美、お客さん?」

 妹に一応確認する。うちの家族の誰かが新しく趣味の悪い靴を買ってきただけなのか。そうであればいいと心のそこから願った。

「そうよ、お兄ちゃんにお客さん。結構長い間待ってたんだから!」

「ああ・・・・・・・・そう」

 普通のお客さんだったらいいなあ。

 家にあがりダイレクトに客間へと行く。

 ふすまが閉まっていたのでノックもせずに開けた。

 そこにはグレイがいた。

「・・・・・・・・・・・何やってるの?」

 ヘルメットを上にずり上げて隙間からお茶を飲もうとしていたグレイがいた。

 急いで顔を隠そうとして銀色の胸にお茶をこぼした。

「うおおおおおあっちいいいいいいい」

「あらあら大変、すぐに服を脱いでください」

 「す、すんません」と言いながら後ろに手を回しファスナーを下ろした。母さんが風呂場からタオルを持ってくる。銀色の下は普通の黒いシャツを着ていた。しかも大きくはないが胸がある。

 ・・・・・・・・・・・・・・やっぱり服じゃねえか。しかもこれは女か?

 母さんにタオルをもらった後もシャツを着たままパタパタと胸を拭きながら扇いでいる。

 俺は何も手伝わずにじっと見ていた。

 俺の視線にグレイは気付く。・・・・・・・・・少しの沈黙。

「か、顔だけ本物なんだよ」

 この状況でその嘘をつくの?馬鹿なんじゃねえか?お茶飲んだんだから帰ってくれないかな?

「んで、何しにキタの?」

 さっさと用件を終わらせて追い出す事にしよう。

「そうだねえ。一先ず席に着いてよ」

「人んちなのにあつかましいな」

 グレイは自分の前の席を指す。本当にあつかましい。お前の家じゃない。俺達の家だぞ。

 母さんが俺の分のお茶を用意して俺の前に出す。

「それで、用件は」

「ああ、それなんだけど、あ、奥さん、熱いお茶を再度お願いします」

 ちょ、マジムカつく。

「ああ、いいよ。俺のあげるから」

「え、別に君のは欲しくないよ。誰が君からもらいたいっていった?」

 ・・・・・・・・・・・・・・・わかった。そうか。こういう奴なんだ。空気を読まなくて自分の意見を言う奴。

「まあまあそう言わずに俺の茶飲め」

 俺は席を立ち無理やりグレイを席から引きずり出した。足を払って無理やり寝転がす。馬乗りの形になった。

「ちょっとまて、なんだ?」

「茶飲みたいんだろう?飲ませてやるよ」

 人工呼吸をさせるみたいに顔を無理やり上に向かせる。

「せ、星何やってるのよ!」

「ちょっと黙ってて。説明は後でするから」

 母さんが止めようとしたけど言葉だけで遮る。里美は母さんの後ろから怯えるように見ている。

「それと家の中に入ったら帽子取りなさいって親に言われなかった?」

 上を向いた顔の喉元には穴が開いていた。ヤッホウこんにちは。その奥には闇しか見えないがそんなことはどうでもいい。

 僕は熱湯で出来たお茶を流し込んだ。ポットから直接お湯を注ごうと思っていたのだがさすがにそれは可哀そうだから止めた。感謝して欲しい。

「!!!!!!!!!!!!」

 声にならない叫び声。うおおお、気持ち悪くて鳥肌が立つ。母さんと里美も耳を塞ぐ。何だこの声?

「母さんポット」

「え?」

「いいから」

「あ、はい」

 母さんが手際よく俺にポットを渡す。

 のた打ち回るグレイ。手をヘルメットにかけてズルッと脱いだ。

「やあ、初めまして」

「や、やぁ・・・・・・・・」

「本名は?」

「い、E・Tで・・・・・」

 この期に及んで言い張るか。それならそれでいい。

「・・・・・・・・・・・・いーさんって呼ぶよ」

 しかしやっぱり女だったか。しかもものすごく美人。黒髪に青い瞳。しかし日系の顔つきをしている。ってことはハーフかなにかか?ってかその前にやっぱり人間じゃん。顔を真っ赤にして軽い火傷を負っているみたいだが一先ず気にしない。女性であってもここまでやったんだから気にはしない。

 グレイの真横にポットを置く。もちろん口はグレイの顔を狙っている。

「ひ、酷いじゃないか!何を・・・・」

 喋ろうとするいーさんの口を押さえ込む。

「いーさん。まず一つ、貴女から喋りかけるな。二つ、俺の四つの質問に答えろ。三つ、なめた態度とるな。以上この三つを守れればこれ以上お前は火傷をしない。分かったか?」

 そして手を放した。一瞬グレイは考えた様子だったが結局はこう答えた。

「イ、イエスだ」

 こういう訳分かんない奴は最初に恐怖で支配するに限る。自分から全く違う話をしてきたり、自分が嫌になると急に押し黙ったりするからである。尋問や拷問では必要な事は恐怖だ。いかに自分を狂った人間に見せられるか、それが大事だ。「こいつは何でもする」という風に一番最初に刷り込ませる。その後にジリジリと追い詰めていけばいい。絵流からの受け売りだけど。

「即答しろよ。考える素振りを見せたら躊躇はしない」

 考える間を与えたら嘘を吐き易くなるからな。

「わ、わかった」

 取り押さえている体が微妙に震えている。・・・・・・・・俺だってこういうことしたくないけど仕方ないんだよなあ。これから先の事を考えると振り回されるの嫌だし。

「一つ目、お前は敵か?味方か?敵だったらこのまま絵流呼んで始末させる」

「せ、選択肢がないじゃない。・・・・・・味方だ」

 まあこれはどちらでもいい。どっちにしろ絵流は呼ぶつもりだったし。場合によっては絵流に任せるし。

「二つ目、何を企んでいる?これは俺達を集めてってことだ」

「それは今日説明しただろう。僕がたのっついぃぃぃぃあついいいいいいい」

 ジャー。軽くお湯を出してみた。グレイが叫ぶ。うう、見るに耐えられん。が、目を逸らさずに無表情を貫いた。

 軽く三十秒は叫んでいた。

「二つ目、何を企んでいる?」

「ちょ、君、洒落になってないぞ」

「一つ、お前から喋りかけるな」

「わ、わかった。理由を述べる。述べるからそれを退かしてくれ」

 そう言ってあごでポットを指す。

「三つ、なめた態度をとるな」

「な、なめてないのに」

 軽くポットを押して二三滴お湯を垂らす。

「あ、あつ!」

「何を企んでいる?」

 もう一度念を押すように繰り返した。

「う、運命なんだよ。元々僕が君達を集めなくてもいずれは五人で集まる運命だったんだ。それを僕のじいちゃんが早めただけだ。いや、実際は僕もノリノリだったんだけどね。ただじいちゃんの案に乗っただけだよ」

 涙を浮かべながら答える。その瞳は真剣そのものだ。俺は黙って聞く。

「奇跡なんだよ。世界に稀に見る人生を送っている四人が偶然同じクラスにいた。世界を守っていける逸材が四人も集中している。それは何故か?君がいるからだ。『神の隠し子』の君がいたからだ。僕のじいちゃんの子供。血は繋がってないけど・・・・・・・・・君が小さい頃に約束をして、その場で恩恵を受けているはずだ。しかしじいちゃん意地が悪いから呪いも同時にかけてるんだよ。だから『クレイジーラック』と言ったんだ」

 そこでいーさんは言葉を切った。「神の隠し子」?意味が分からない。俺は小さい頃からこの家で育っている。ちゃんとこの家の両親から生まれてきているはずだ。へその緒も見た事あるし、戸籍謄本も見た事ある。俺は確かに実の子だったはずだ。母さんの方を見る。母さんも首を傾げていた。何の事だか分からないという様子だ。嘘を吐いているようには思えない。

「質問が一つ増えた。お前のじいちゃん何者だ?」

「僕のじいちゃんは・・・・・・・・・・・・ちょっと待てよ、これは嘘じゃないからな、僕は本当の事を言うんだからな。お湯はなしだぞ。それが嘘に聞こえたとしてもだ。本当だからな」

「いいから言え」

「・・・・・・・・・・・・・・・・僕のじいちゃんは神様だよ」

 神様ねえ。ふうん。

「それで?」

「信じるのか?」

「信じる信じないは別だ。見た事無いからな。否定も肯定もしない。一先ずお前が言う事を聞くしかないからな」

「あったことはあるはずだよ。覚えてない?」

「・・・・・・・わかんねえ」

 特に記憶に無い事だ。いつとか限定されないとこの歳になるまで結構な数の人間に接触してきてるからな。

「それで元々こうなる運命だったのを少し早めただけなんだよ。いきなり事件になるより少し前に事件起こったほうがいいでしょ?」

 ・・・・・・・・・・・・それが本当であればいい。嘘をついているようには見えないし。これから何かしらの事件が起こるのであれば、確かに今の状況のように互いを確認しあえているのはありがたい。

「三つ目、何故今俺の家に居る?」

「用件を伝えに来ただけだよ。あのいい加減ポットを・・・」

 いーさんがポットの方を見る。

「用件は?」

「・・・・・・・・・・ポットを片付けてくれたら話す」

 唇をぐっと結ぶいーさん。

 ・・・・・・・・しょうがない。一先ず聞きたいことは聞いたからいいだろう、というところだ。ポットを横にずらす。いーさんの顔が緩む。後ろにいた母さんと里美の一息つく声も聞こえた。

 さてと、一先ずはこれでいい。グレイを押し倒したときに倒れた椅子を元の位置に片付ける。

 ポットを母さんに渡す。

「母さん、熱いお茶を二杯」

「・・・・・・・・・もうお茶はいいです」

 いーさんは座って泣きかけた。

 お母さんがいーさんに冷えた濡れタオルを渡して皆が落ち着くまで少し待っていた。その間に絵流を電話で呼び出す。あいつはバイクだからすぐに着くだろう。

「それで用件ってのはなんだ?」

 お母さんはいーさんのためにカルピスを作って持ってきた。ストローで美味しそうに飲んでいる。

「あ、敵の話なんだけど」

 のどの中を抑えながら話す。火傷が痛いらしい。まあ俺は謝らなかったのだが。

「明日、田尾八女さんの家族の次男、天君が拉致される」

 俺は思わず立ち上がってしまった。いーさんを睨む。

「あ、僕が拉致するわけじゃないよ。あくまでも敵の一味が拉致をするということだからね」

 あの天君が拉致か・・・・・・。その前に一先ず聞いておくことがある。

「何故お前が敵のする事を知っているのかが知りたい」

 椅子に座り直す。先ほどは味方と言ったのだがそれは簡単に信じられない。あくまで事は丁寧に運ぶ必要がある。何事も最悪を想定して、どのようにしていくかを考える必要がある。

 いーさんが話し出そうとした瞬間バイクが止まる音がした。

「ちわ」

 玄関のチャイムを鳴らさずに絵流が入ってきた。誰の了解を得ることも無くづかづかと入ってくる。

「おう、絵流、早かったな」

 そう声をかけたのだが返事は無かった。直接俺達の所には来ず、キッチンへと向かう。そこでは母さんと里美が夕飯を作っているはずだ。

「あ、絵流君久しぶり〜」

「絵流さんどうしたんですか・・・・・ちょっと、え?」

 ガチャガチャと何かを物色する音が聞こえる。俺といーさんは黙って待っていた。

 今度はキッチンから直接戻ってきた。

 その右手にはポットが握られている。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、あれ?

「ちょ、絵流、待て」

 絵流は俺の言う事は無視して俺の横を通り過ぎた。いーさんの所に直接向かっていく。

 椅子を跳ね上げるほど蹴りつけ、いーさんを転がした。いーさんが叫ぶ。もちろん絵流は無視していーさんのお腹に馬乗りをした。いーさんの顔の横にポットを置く。

「まず一つ、お前から喋りかけるな。二つ、俺の質問に答えろ。三つ、なめた態度とるな。以上この三つを守れればお前は火傷をしない。分かったか?」

 俺とほとんど同じ事を喋ってる。当然か。そもそも絵流からやり方教わったわけだし。

 馬乗りされたいーさんは恐怖というかトラウマというか、そんな感じで震えている。

「もう勘弁してください・・・・・・・・」

「絵流、それはもうやった」

 絵流は無言でポットを片付けにキッチンへと戻っていった。自分で今さっきやっといて何だけど・・・・・・・・こいつはひくな。見ていたこっちがビビる。

 いーさんは寝転んだまま泣いている。そりゃあねえ・・・・・・・恐怖だろう。

 キッチンから絵流が戻ってくる。すぐ俺の隣に座るかと思ったがいーさんの方へと向かっていった。絵流がポケットに手を突っ込む。

 これ以上追い討ちをかけるのかと思い止めに入ろうとしたが杞憂に終わった。

「悪かったな」

 と絵流から滅多に聞かない言葉をいーさんに投げかけた。俺は絵流に教わったとおり謝らなかったのに。

 絵流はいーさんにハンカチを渡す。

「え、あ、あの・・・・・・・・ありがとうございます」

 いーさんも意外だったのだろう。少し顔を赤らめて礼を言う。

 絵流は蹴り飛ばした椅子を元の位置に戻し、尚且ついーさんに手を貸して椅子に座らせた。「火傷大丈夫か?」などと言っている。いーさんはまた顔を赤らめながらお礼の言葉を言う。普段の絵流は一切そんなことはやらない。泣きたければ泣くがいい、しかし俺は拷問を止めない。そんな性格のはずなのに。

「それで、どこまで話は進んだ?」

「さっき電話したところまでで話はあまり進んでいないんだけど」

「そうか」

 絵流は俺に聞くといーさんの隣に座った。今度は「本当にごめん」と言いながらいーさんの手を握った。・・・・・・・・・・・・・ありえない。いーさんは照れてうつむく。

 その瞬間に絵流が俺の方を向いた。口だけ動かして声は出していない。読み取れということか。

 お、れ、は、あ、め、お、ま、え、は、む、ち。

 そう繰り返し大きく口を動かした。ああ、そういうことね、と納得する。いーさん泣いていたし誰か味方についたほうが色々と聞きやすいということなのか。指でOKサインを出す。

「話の続きを聞かせてくれるかな?」

 絵流が柄にも無い甘ったるい声を出す。手はいーさんの膝に置いて、出来るだけ親身になるように聞いている。ああ、なんかむず痒い。絵流の思惑通りかどうかは知らないがいーさんは饒舌に話し始めた。

「あ、あのですね、明日、田尾さんの弟、天君が敵に誘拐されるんですよ。これは作為的に誘拐されるという事ではありません。元々誰か子供を誘拐して洗脳したまま諜報部員として日本に送り出すという計画をしていて、たまたま学校帰りの天君が誘拐されるというわけです。理由はそういう運命なんですよ。別に誰が決めたというわけではなく、そう決まっているわけです。じいちゃんが明日起こる事を教えてくれました。神様なので少しくらいならそういう未来を見ることが出来ると言っていました」

 ・・・・・・・・・・・・・・滅茶苦茶だ。話が破綻している。誰がそんな戯言信じるものか。誰が神様だ。神様ならそんな事が起こる前に止めて欲しいものだ。しかもいーさん、何で絵流には敬語なの?緊張しているせいなのか?

「そうなんだ。ありがとう。わざわざそれを俺達に教えに来てくれたの?」

「え?こんな話を信じてくれるんですか?」

「心から信じるよ。万が一それが嘘だったとしても君になら騙されていいと思う」

 そう言うと絵流は改めていーさんの手を握り直した。

 あま〜〜〜〜〜〜い!絵流さん甘すぎるよ!いくらアメだからと言っても。っていうか普段の絵流を知っている人がいたら笑うか気持ち悪くなって吐いてしまうだろう。俺は大爆笑しそうだ。

「あ、ありがとうございます」

 いーさんは照れながらまた顔を赤くする。

「他に用件は?」

 俺は笑いそうになるのをこらえていーさんに聞いた。このまま黙っていると笑い出しそうだったからだ。いーさんは首を振る。

「いえ、今日の用件はそれだけです。長居してすいませんでした」

 そう言うといーさんは立ち上がった。

「帰るの?」

 絵流がいーさんに聞く。

「あ、はい。もう遅いし夕飯の邪魔にもなると思うので」

 といーさんは返す。時刻は軽く八時を過ぎていた。十分夕飯の邪魔にはなっているな。

「家どこ?遠かったら送っていくよ」

 絵流が言う。こいつは徹底的にアメで行くつもりだ。普段からこういう風な感じだとすごく人気が出るだろうに。中学生の頃は一部の方々にしかモテなかった。クラスで言うと静かな女子とか。地域で言うと八九三な人とか。

「大丈夫です。親切にどうも」

 いーさんはそう丁寧に断った。嫌だから断ったという感じではない。迷惑をかけるのが忍びないという感じだった。

「そう、それじゃあ気をつけてね」

 帰ろうとするいーさんを玄関まで見送る絵流。俺もその後ろに着いて行く。

「どうもありがとうございました」

 そう言うと銀色のヘルメットを両手で抱えいそいそと玄関から出て行った。

 玄関に十秒くらい立ち尽くす。

「まあこんなものだろう」

 絵流が俺を振り返り呟いた。俺は小さく拍手をした。

「すごいすごい」

「敵か味方か分からんからな。少しでもこちらに情が残るようにしておきたかった。そうしておけばどっちみち何かしらの役に立つだろう」

 実際には分かっていたのだが絵流の口から直接聞くと少し残念になる。

「あ、宇宙人さん帰ったの?せっかくご飯用意したのに」

 里美が玄関に出てきた。いーさんにご飯用意してたのか。

「絵流が食べるからいいと思うよ」

 あ、言ってから後悔した。俺の家のお米が尽きてしまう。

「吐いた唾は飲めないぞ」

 絵流が心なしかにやりと笑った気がした。