3、田尾さんの秘密




 放課後になった。結局あの後絵流はだんまりを決め込んで寝た。俺達は互いに電話番号とメールアドレスを交換した後大して話す事も無く解散した。去り際に田尾さんが一言言った。

「あの、一応私の能力も見せたほうがいいのでしょうか?」

 もちろん。と答えておいた。大歓迎です。と言うわけで、銀行から四万円ほど下ろしてきてデジカメを買ってきた。出来るだけ画素数が高い奴と写真が百枚前後入るSDカードだ。

 田尾さんはいま家にいる。俺がちょっと用事が・・・・・・と言って抜け出したら「それなら私の家に来てください」と言って住所を教えてくれた。神崎は「俺も用事がある」と言ってどっかに消えたし、空蝉も「僕も用事を終わらせてきます」と言って消えた。絵流は「俺はいいや」と言い家に帰ろうとしたので俺が引きとめた。・・・・・・好きな女の子の家に一人で行く事なんざ出来ねえ。心臓が鼻から飛び出してしまう。というわけで絵流は俺の後ろにいる。バイクを軽々と押しながら俺についてくる。俺は自転車を押している。・・・・・・あれ?バイクの免許って何歳からだっけ?

 電気屋さんから徒歩およそ二十分の距離に田尾さんの家はあった。学校からの距離は自転車でおよそ二十分というところだ。まぁ遠いところだろう。

 教えられたとおりの道を行き、家の目の前に立ち止まる。・・・・・洋式の家だな。田尾さんの姿から和式の家を想像していたのだが、まあそこは一般人の家らしく、中流家庭の普通そうな家だった。壁は白い。表札には「田尾 勇、沙耶、カナメ、八女、天(アメ)、」と五人の名前が書いてあった。五人家族か。

 インターホンを押そうとしたところを後ろから空蝉に声をかけられた。こいつも用件が終わったらしい。右手に袋を持っている。しかも結構でかい。デジカメでも買いに行ったのか?そうであったらぶっ壊してやるが。

 インターホンを押した。ピン・・・・・・・・・・・・・ポーン。タメ長いな。

「はーい」

 幼い声が聞こえバタバタバタと二階から降りてくる音が聞こえた。

 玄関の扉が開くとそこにはちびっ子がいた。小学校一年生くらいだろうか。黒い髪に黒い瞳、田尾さんにとても似ている子供だった。まあ弟だろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 無言で玄関のドアを閉めた。鍵をかける音が聞こえる。

「お、お兄さん達何者ですか!」

 舌っ足らずの声で俺達に話しかける。ちびっ子の友達か何かが来たとでも勘違いしたのだろうか。

「いや、田尾・・・・・・じゃない、八女さんの友達なんですけど」

「・・・・・・・・・・・おねえちゃ〜ん」

 鍵を閉めたまま奥に逃げていくようだ。声がフェードアウトしていく。一分くらい待った後また玄関が開いた。

「す、すいません。部屋を片付けていたのでチャイムが聞こえませんでした」

 申し訳なさそうな田尾さんが出てきた。制服ではなく、和服を着て更にその腕にたすきをかけて。

 ・・・・・・印象通りの服装って感じかな。居酒屋の女将って感じか。

 ちびっ子は田尾さんの背中によじ登っていた。

「あ、こっちは弟のアメと言います。天と書いてアメです」

 表札で知っていたのだが「そうですか」と答えておいた。ちびっ子は俺を凝視している。

「あ、上がってください。私と弟以外今はいません。二階の突き当たりの部屋が私の部屋です。お茶を用意しますのでそこで待っててください」

 弟を背中から降ろして奥の部屋に引っ込んで行った。俺と絵流と空蝉と天君が残る。

 ・・・・・・・・・どうすっかな。まあ部屋に入るのだが。

「おじゃましまーす」

 と一応礼儀は尽くす。続いて絵流と空蝉も続く。天君は田尾さんの代わりに絵流によじ登ろうとしていた。足からよじ登ろうとして絵流に蹴られて引き剥がされる。「う〜」という唸り声と共に標的を変えて今度は空蝉によじ登ろうと寄って行く。空蝉は空蝉で「ちょ、こ、子供は・・・・・・」と言い天君から逃げた。こいつも絵流と同じく子供が嫌いなのか。子供が嫌いというよりも苦手という感じも受ける。まあ結果は変わりない。天君がまた「う〜」と唸る。顔が泣きそうになっている。

 しかたない。

「ほらよ」

 天君の体をすくって肩車をした。俺は別に子供嫌いじゃないし、人が喜ぶ姿が好きだから構わない。小さい頃の妹をよく肩車をしたものだ。こんな事は慣れている。

 天君がキャッキャと喜ぶ。足をじたばたさせて少し危なっかしいが。

「そら、小僧。お姉ちゃんの部屋まで案内するんだ」

「うん!あっちだよ!」

 喜びながら指を指す。ついでに俺の髪の毛を引っ張ってロボットのように操縦しようとする。

 天君の案内と操縦通りに階段を上っていく。

 突き当たりの部屋に着く。壁に「八女の部屋」と表札が掛かっている。達筆な字で。

 ・・・・・・・か、かわいいよな?そうだ、かわいいはずだ。田尾さんのセンスに可愛いところが無いはずがない。

「ドアをあけろ〜」

 天君が命令する。

「ラジャ〜」

 とノリつつ扉を開く。

 ・・・・・・俺が自分の意思でこのドアを開けようとしたら絶対五分ぐらい考え込んでるよな。

 簡単にスッと扉が開く。中のインテリアはもちろん女の子らしく・・・・・・・・女の子らしく・・・・・・・・・。

「あ、こら、天。矢倉君から降りなさい。すいません、迷惑かけて」

 田尾さんが後ろからやってきた。

「あ、いえ、子供好きですからお構いなく・・・・・・・」

「そうですか。ありがとうございます。私以外の家族は基本的に夜に帰ってくるんですよ。それで寂しいのかいつもは私に上ってくるんですけどね」

 いや、そんなことはどうでもいいんですよ。そんなことより、

 部屋の中央に囲炉裏があった。・・・・・・イロリ。現物を見るのは初めてだ。じいちゃんの家でも見た事ねえぞ。

 そのイロリを取り囲むように丁度四つの座布団が用意してある。

「さすがに今の時期にここでお湯を沸かすと暑いので、一階のキッチンでお湯を沸かしてきました」

 テヘ、とでも言うかのように恥ずかしそうにする。

「さ、皆さんどうぞ。私の部屋にお客さんが来るのは久しぶりです」

 嬉しそうに言う。床は板張りではなく畳。天井には一応電灯は付いていたが、茶釜をぶら下げる棒みたいなものもぶら下がっている。辺りを見渡すと桐ダンス、ちゃぶ台、湯飲みや急須が入っている食器棚、教科書と小説がきっちりと分かれて置かれている本棚、その上には人間にしか見えない女の子の日本人形。壁は木目。壁には田中一村の絵が飾ってあった。部屋の中では唯一の色のような気がする。

 レ、レトロ好きなんだな。そしてハイセンス。

 部屋の外のギャップと比べてすごい。

「い、いいお部屋ですね」

「あ、ありがとうございます。壁は柄ではなく本物の板にしたいんですけどね。友達にも結構評判いいんですよ」

 うん。まあ嘘だろうね。んなこたぁない。しかし嘘をつくのも分かる。これは馬鹿にしたらいけない種類の痛さだ。

 天君を床に下ろそうとするが体にへばりついてくる。しょうがないからそのまま胡坐をかいて抱く形で座る。

「こら、天、離れなさい」

 田尾さんが怒るが天君はイヤイヤと首を振って離れようとしない。

「別にいいよ。こいつかわいいし」

 天君が服をギュッと握る。まあ邪魔にならないしいいや。

「本当にすみません」

 田尾さんが丁寧にお辞儀をする。こっちが照れてしまう。

 絵流と空蝉も座布団に座る。

 皆が座ると田尾さんは湯飲みと和菓子(ポタポタ焼き)を用意する。お婆ちゃんの家でしか食べた事が無いのだが・・・・・・ポタポタ焼き。いや、美味しいけども女子高生が自室に保管しているお菓子としてはどうかと思う。

 目の前にお茶と一緒に和菓子が置かれる。丁寧な娘だ。

 お茶を飲んで一息つく。・・・・・・・・なかなか美味しい。

「あの、それで私の能力なのですが、今すぐ見ます?」

 いきなりキタ!俺の目的第一号。コスプレ!

「どうでもいい」

「僕もそこまで・・・・・・・」

「こらーーーーーーーー!」

 思わず心の声が出てしまった。互いの能力に興味があるのは俺だけなのか?というかこいつらのために貴重なチャンスを潰してしまうわけにはいかない。

「一応皆の能力確認しないといけないだろう。お前らだけいいカッコして俺達に見せびらかそうったってそうはいかねえ。ちゃんと最後の一人まで能力を分かるまで確認し、そしてその能力を把握してから敵に挑まなきゃだめだろう!こんな事出来ません、なんて土壇場で言うなんて若手の芸人並みに許されねえぞ!出来る事と出来ない事を最初っからはっきりとさせておくべきじゃないのか?それが俺達が仲間になっていくってことだろう!それはそれでそんなことよりも俺は田尾さんの『魔女っ娘』姿が見たい!」

 力説してみた。本音も少々。空蝉はポカーンとしている。絵流は頭を抱えてて田尾さんは顔を赤く染めた。いちいち嘘を吐くのもメンドクサイ。たらたらしてらんねえ。

「それじゃ田尾さん、お願いします」

「え、あ、あの・・・・・・・・別に変身しなくても能力は」

「それじゃ田尾さんお願いします」

「は、はい」

 うっし。勢いで押し切った。勢いって大事だよね。少々おかしい事言っても相手がパニクってる間に話を通せる。もうこうなったら恥じも外聞もない。デジカメを用意する。

「おい、星、お前デジカメまで」

「うるせえ。俺は自分に正直なんだよ。後悔だけはしたくない」

「カッコいいこと言っても今のお前かっこ悪いぞ」

「カッコ悪い姿がカッコいい事もあるんだよ」

 絵流に何か言われるが気にしない。気にしたら負けだ。例え後々「変態」だの「オタク」だのと罵られるようになろうとも今が大事だ。後のことは後で何とかする。

「そ、それじゃあちょっと外で着替えてきます」

「・・・・・・・・・・・・・・ルピルピルピ〜〜〜〜とか言って変身するんじゃないの?」

 変身できるのなら最初から最後まで通して見たい。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あああああああああああああっ!

 デジカメじゃなくてもう少しお金払ってでもデジタルビデオ買っておけば良かった!最近のデジカメは動画も入るが、さすがにデジタルビデオよりは画像荒くなるし、しかもこの機種は音声が入んない!もし変身シーンがあったら肝心の呪文とか録音できないじゃないか!

「あ、あのですね、一応ありますけど・・・・・・・・・人にその瞬間は見られた事無いので・・・・・・・ちょっと恥ずかしいし」

「ああ・・・・そうだね」

 ・・・・・・・・・・・ビデオはまた今度買おうか。どのような変身シーンか確認してからでも遅くないような気がする。

「その、そ、それではちょっと変身してきます」

 そう言うと席を立ち部屋の外へと出る。

「う〜ん、ビデオも買うべきだったか」

「星・・・・・少しテンション下げろ」

 また絵流に何か言われたが気にしない。

 絵流が俺に忠告した瞬間、ドアの隙間から光が漏れる。

 ・・・・・・・・・・やっぱり変身する瞬間は光放つんだ。どういう仕組みなんだろう。まあ魔法だからって言われればそれで終わりなのだが。

「お待たせしました」

 三角帽子に紫のマント。中は黒いフリフリのついた胸のはだけたシャツに短いスカート。手に持つは魔法のステッキらしき棒。特別顔を隠していると言う事は無い。ナチュラルメイクの田尾さんが胸元を隠そうとしながら現れた。パシャッと一枚写真を撮った。ってあれ?

「顔あまり隠してないね」

「え、あ、この姿で鏡とか見た事ないんですよ」

「うん。そうか。顔隠れてないね」

「そ、そうなんですか?」

「うん。そう言えばさ、魔女っ娘ってんだからさ、魔法を使うのだろうけど、その姿にならないと魔法は使えないわけ?」

「そうでもないですよ。確かにこの状態のほうが魔法は強いのですが、基本的にこれは私だと分からなくするために・・・・・・・・・・ってあれ?」

「うん。顔で田尾さんだって分かるよ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・変身意味ねえ!

「・・・・・・・・・・・・ぃぃぃゃぁぁぁぁああああああ!」

 変身という言葉を聞いて顔はばれないと思っていたのだろう。胸を隠しながら座り込んで絶叫する。顔が赤い。ってか田尾さん基本的に人と対話するときは顔が赤いんじゃねえ?って思うぐらい今日はずっと顔が赤い。

 天君がビックリして田尾さんを見る。「大丈夫大丈夫」と天君をなだめる。

 ・・・・・・・・・・・そりゃあ絶叫するかも知れんな。もしかしたら誰かに決めポーズとかを決めているときも目撃されていたのかもしれないわけだし。素顔を。

 シャッターをいろんな角度から切る。先ほどデジカメ用の電池を買ってきたばかりなので充電は満タンだ。メモリーが埋まるまでシャッターを切りまくる。つもりだったが顔を赤くしながら落ち込んでいる田尾さんを見ていたらさすがに悪い気がしてきた。

 残っていたお湯を急須に入れて田尾さんの湯飲みにお茶を入れた。田尾さんに渡す。

「ま、まあ落ち着いて」

「・・・・・・・・・・グス。ハイ」

 泣いてるし。熱いお茶を一気に飲み干す。

 ・・・・・・・・・・・微妙な空気だ。和室で魔女の姿をした女の子が泣いていてそれ以外は無言でそれを見ている。天君は泣き出しそうだし空蝉はおろおろしてる。絵流は興味なさそうに和菓子食ってるし。

 そのままの状況で五分は経過する。

 ・・・・・・・・・ううむ。さすがに耐え切れない。

「きょ、今日気付いてよかったじゃない。もしかしたらこれからもずっと顔を見られているのに気付かずに決めポーズを決めていたのかもしれないんだから」

「・・・・・・・・・・・・・・・そうですね」

 ひとしきり泣いた後にフォローを入れてみたら納得して泣き止んだ。少し笑顔が戻る。やっぱり決めポーズとかあったんだ。

 ・・・・・・・・俺一人だけ喜んでる場合じゃないな。

「一先ず着替えてきなよ。それからでも能力見せれるんでしょ?」

「はい、着替えてきます」

 少し嗚咽を出しながら頷く。むう・・・・・・・・写真は何枚か撮ったのだが頻繁に彼女のこの姿を見れる機会は激減したように思える。これは個人的に仲良くなって個人的に撮影をするしかないな。

「傑作だな」

 絵流が鼻で笑う。ムカついたので絵流の分の和菓子を食ってやった。絵流が俺を睨む。こいつは食い意地だけは張っている。

「ハッ!傑作だな」

 言い返してやった。こいつのデリカシーの無いところがたまにカチンとくる。

「お姉ちゃんなんで泣いてたの?」

 天君が俺に話しかける。

「ん?大人になれば分かるよ〜」

 絶対にわかんないだろうけど。説明が面倒なので適当に言った。天君はウンウンと頷く。

「お待たせしました」

 二度目の登場だ。また先ほどの服装に戻っている。改めて見てみるとすっげーギャップ。目が少し腫れぼったい感じになっていたが気にしない。

 無言のまま自分の座布団に座り込む。「はぁー」とため息を吐く。落ち込んでるな。ヨイショするか。

「た、田尾さん早速なんだけどどんな能力なの?」

「あ、あの、他のお二人みたいに使える能力ではないのですが」

 そう言うと何事か呟いて指をクルッと一回りさせる。囲炉裏の炭に火が灯った。

「基本的に四大元素の力を自由に使えます。ほとんど攻撃系の魔法ですが少しならヒーラー系の能力も使えます。余り使った事ないので大きな呪文とかは唱えた事はありません。何しろ途中で敵がいなくなったものですから」

「ってかスゲエ」

 事も無げに炎を出しやがった。空蝉は目を丸くしている。

「そ、そんなこと無いですって」

「いや、十分すごいって。絵流や空蝉より役に立ちそうだよ。なあ?」

「そ、そうだね」

 空が上手くタイミングを合わせてくれた。

「そうか?」

 絵流は褒め言葉が言えない病気だから仕方ない。

「こいつは気にしないで」

 一応フォローを入れておく。田尾さんは嬉しそうに微笑んでくれた。